電話

電話ほど恐ろしいものはない。
というのも聞こえるのはただ声だけで、
先方の表情や顔つきは一切分からぬからである。
[ 森信三 一日一語 ] より

ましてやメールはもっと怖いですね。

現場

「行って余力あらば以って文を学ぶ」(論語)
つまり学問が人生の第一義ではなくて、
生きることが第一義である。
[ 森信三 一日一語 ] より

現場がまず先にあるということですね。

比較

一切の悩みは比較より生じる。
人は比較を絶した世界へ躍入するとき、
始めて真に卓立し、
所謂「天上天下唯我独尊」の境に立つ。
[ 森信三 一日一語 ] より

比較するから争いが生じます。

幸福

幸福とは求めるものではなくて、与えられるもの。
自己の為すべきことをした人に対し、
天からこの世において与えられるものである。
[ 森信三 一日一語 ] より

正にその通りですね。

ソーシャルワーク 中條レポートNo224

ソーシャルワークとは、何らかの要因で「当たり前な生活」が脅かされた方(認知症、病気、障害、貧困、等々)を、社会的資源(公的支援、介護、医療、ボランティア、自治会、近隣住民支援、等々)に繋げ、本人に寄り添い支援していくことです。その担い手のひとつが社会福祉士です。

人の生活上起こる様々な困難は、その人と環境との接点で起こります。単にその人に問題があるとか、周囲の側だけに問題があるとかではありません。
ですから、医療や心理などの分野のように、その人そのものを治療したり改善させたりするものとは異なります。また、環境だけを改善させようとするものとも異なります。
ソーシャルワークでは、この接点を改善していきます。

後見業務を行っているとこのことがよくわかります。
身寄りのない独居の方は、意思能力が少しずつ衰えていき、生活が困難になっていくことがあります。社会との関りを拒否している方や、「面倒みてやってる」と思われるのを嫌う方等、社会から距離を置いていると周囲も気が付きません。気が付いたときは取り返しのつかない状態になっているということもあります。

このようなケースで、問題が本人あると捉えたり、環境が悪いと捉え、一方だけを改善させようとしても状況は変わりません。
どのような生活状況にいるのかを出発点とし、本人をとりまく環境との接点はどこか。その接点はどのように働いているのか、改善出来るのか。そのために本人が出来ること、環境をマッチアップする方法何かを考え実行していくことが求められます。

人と環境との接点は人それぞれ異なります。そして個人や家族、集団、地域の接点を単体で見るのではなく、繋がりで見ていくことが重要になります。援助者が、マニュアル通りに特定の方向に導いていくものではありません。

本人に寄り添い、ここを調整する専門家がソーシャルワーカーです。
「当たり前な生活」が脅かされている人が増えています。
ソーシャルワークはどのような役割を果たすのか。何故社会に必要なのか。
これらの重要性を社会が理解し、ここをケアできる専門家を増やすことが、この問題を改善させるために欠かせません。

25年に感謝です 野口レポートNo280

前職から180度の転身をして25年をむかえました。石油業界の先行きも見えてしまい、続けていても将来はありません。

私も当時48才でした、歳からしても転業するにはラストチャンスと思いGS(ガソリンスタンド)の閉店を決断しました。

最大の悩みは次にどんな仕事をするかです。しかし、新たな仕事を見つけてからでは機を逃してしまいます。現在の石油業界の現状を見ると、この時の決断は正しかったと思っています。

お客様へ閉店のあいさつに伺うと2通りの反応がありました。

①閉店を惜しみ本当に残念がってくれたお客様。

②つぶれたのだと思い気の毒そうな顔をしてくれたお客様。

また、世間からは親が始めた商売を息子がつぶしたなど陰口も言われました。が、つぶれるのと閉めるのでは意味が違います。

長く続けてきた商売を、後を濁さずして終わらせる、それはそれで立派なことだと思います。

閉店をむかえた平成5年の大晦日、事務所はお客様からいただいた花束で一杯になりました。一生懸命やってきたことをお客様が認めてくれたのです。30年間の苦労と思いが走馬灯のように浮かびます。

「GS跡地に借金をして賃貸マンションを建てると相続対策になりますよ」と専門家から提案を受けました。当時は相続に関しては全くの素人です。専門家の話を聞いても判断ができません。

専門家の説明を聞いていて、相続には専門家と素人の間をコーディネートする人が必要であると気付きました。これが自分の仕事だ!

そしてすぐ壁にあたりました。税理士でもない、弁護士でもない、そんな自分がどこで報酬をいただけばよいか、相続を冷静に見てみると不動産が動くことに気がつきました。そうだ!不動産屋になればいい、そして相続に特化すれば飯が食えると確信しました。

宅建試験は合格率14%の狭き門でした。酒を断ち人生をかけた受験勉強が始まりました。無事合格し宅建業を開業することができました。

そして相続を徹底的に勉強しました。当時は相続に特化した不動産業者など誰もいません。努力の甲斐あって周りも一目置いてくれるようになりました。あれから25年、多くの経験と精進を重ね、街の不動産業者では相続の第一人者と言われるまでになりました。

私も今年で74歳になります。この歳になり人間としてようやく出来上がってきた気がします。人間力が求められる相続ビジネスでは色々な意味で今が「旬」だと思っています。

相続で悩んでいる人、困っている人、私を必要としている人はまだいます。この人達のためにも、あと10年は現役でいくつもりです。

また、相続アドバイザー養成講座や野口塾を通し、相続の実務家を育てることも課せられた役目だと思っています。

「相続コーデイネート」この難しい仕事を四半世紀続けてこられたのは、信頼してくれたお客様、一緒に取り組んでくれた税理士・弁護士・司法書士などのパートナー、勉強仲間、ファンの皆様、友人、家族など、これらの支えがあったからです。心から感謝したいと思います。

真の生

念々死を覚悟してはじめて真の生となる。

自銘 不尽
学者にあらず
宗教家にあらず
はたまた教育者にもあらず
ただ宿縁に導かれて
国民教育の友としてこの世の「生」を終えん
[ 森信三 一日一語 ] より
今年最後の一日一語です。

不可称不可説

「生」の刻々の瞬間から「死」の一瞬にいたるまで、
われらの心臓と呼吸は瞬時といえども留まらない。
これは「ありがたい」という程度のコトバで尽くせることではない。
「もったいない」と言っても「辱ない」といってもまだ足りない。
文字通り「不可称不可説」である。
[ 森信三 一日一語 ] より

もっとも当たり前に思っていること。
しかし、感謝しつくせないことです。