野口塾は最強のネットワーク 野口レポートNo316

相続「野口塾」を立ち上げたのは平成13年でした。最初は、内藤 雄さん、西川博章さん、中條 尚さん、私と息子を含め5人でのスタートでした。奇しくも5人のイニシャルはNでした。

当時は現在のようなセミナールームもなく、狭い事務所に机をならべての寺子屋状態でした。私が学んだ専門学校の相続実務テキストを使っての勉強でした。教える方も教わる方も真剣です。

勉強が終わったあとは、近くのそば屋で一杯飲みながら相続を熱く語りあったのが、なつかしく思い出されます。

このような塾を立ち上げたきっかけは、何とも肌寒い相続の現状を目のあたりにしたからです。 ◎借金をして賃貸物件を建てることが最善の相続対策であると思い込んでいる人 ◎税理士の選択を誤り不適切な土地評価で相続税を払い過ぎてしまう人 ◎簡単にできた法務対策を怠ってしまい、何倍もの苦労を強いられている人 ◎相続を争族にしてしまい兄弟の縁を切ってしまう人、本来は幸せになるべき相続で不幸になってしまう人のなんと多いことか。

相続はほとんどの人が初めて経験します。素人にはどこへ行ったらよいのか、誰に相談すればよいのか、右も左もわかりません。そういう人に自分が行ってお手伝いをしたい。が、身体はひとつしかない、そんな時ひらめきがありました。

そうだ! 自分が学んできたもの、経験してきたもの、心の在り方など全てを伝え、自分の分身をつくろう、その人たちが相続で困っている人たちを助けてくれる。さらにまた人を育ててくれる。そんな想いが野口塾立ち上げの根源となりました。

立ち上げから21年が過ぎ、現在では、税理士3人、弁護士5人、司法書士7人、不動産鑑定士1人、不動産コンサルタント2人、行政書士3人、土地家屋調査士2人、社会保険労務士2人、中小企業診断士1人、社会福祉士3人、精神保健福祉士2人、介護支援専門員1人、老人ホーム役員1人、総勢30人を超える塾生を擁する相続実務家集団へと進化しました。

専門知識だけでなく、資格に見合った人格の形成を目指し共に学び共に教えています。気心の知れた塾生は最強のネットワークです。

資格で飯が食える時代は終わりました。法律や金銭に人の心が複雑に絡んでくる相続は、知識や技術だけではできません。相続人の心をコンサルティングできる高い人格が求められます。

野口塾で切磋琢磨し、技と心を磨いた塾生が相続人の精神的利益をも守ることのできる真の実務家として、相続で不幸になってしまう人を1人でも減らし、誰からも尊敬される人間に成長してくれたなら、塾長としてうれしいかぎりです。

コロナ禍で休会し、3年になってしまいました。学んだあとの懇親会も、情報交換やコミュニケーションの場として実に有意義で楽しい時間です。早く再開できることを待ち望んでいます。

振り子の原理 野口レポートNo314

金太郎飴はどこを切っても同じ顔が出てきます。嘘をつかず、見栄をはらず、背伸びをせず、ブレることもなく、有りのまま正直に生きていく、一番楽チンな生き方かも知れません。

50歳を機に人生の後半を、相続一筋に一生懸命歩んできました。今でこそ相続では名を知られていますが、転業当初は元GSマンのイメージが強く、あまり相手にしてもらえませんでした。

ワンストップサービスを看板に、これまでに数多くの相続を丁寧に手掛けてきました。お蔭で多くのお客様から感謝されています。

相続は人生のなかで避けて通れません。遺産分割の話しあいで一歩譲った人は、その後に運とツキに恵まれ幸せになります。欲得を通しうばった人は、その後に大事なものを失います。この不思議な事実が「振り子の原理」であると知りました。

「入ったものは出る、出たものは入る」「取れば取られる、与えれば与えられる」「降った雨は水蒸気となり天へ帰り、雲となって再び地表に降り注ぐ」「潮は干満する」「吐く息があれば吸う息がある」

右に振られた振り子の錘は必ず左に振り返します。物事はこの振り子のように、相反する2つの方向に動いていて発する方と還る方に連動しています。これが「振り子の原理」です。原理とは一定の条件の下でいつも変わらず成立する関係です。

その昔エリートたちが競って就職した銀行や証券会社は、栄華をきわめました。が、儲けることばかりを考えていると、いつかは衰退し朽ち果てます。栄枯盛衰も「振り子の原理」です。

バブル期、玄人や素人までが入り乱れ、株や土地投機、儲かった!泡よろこびもつかの間、バブル崩壊でアッという間に無一文です。株や土地を恨んでもしかたありません。すべて自己責任です。

相続は恨み辛みが出る最たるものです。恨み辛みはどこかで断ち切らねばエンドレスとなり延々と続きます。

ある相続で隣接地主に協力を求めにいくと、奥様から「お父さんの恨みは私が相続します」と拒否されました。ご主人が生前に境界問題で辛い思いをさせられたそうです。恨みは連鎖し元に還ります。

江戸時代には親の恨みをはらす仇討ちが「仇討免許状」のもと、公然と認められていました。しかし、仇討の仇討は恨みの連鎖を防ぐため禁じられていました。

人を恨んでいたり、嘘をついたり、騙したり、不幸を与えたりすれば、必ずやどこかで我が身に還ってきます。

「うばいあえば足らぬ わけあえばあまる うばいあえば憎しみ

わけあえば安らぎ」この言葉(相田みつを)は、正に「振り子の原理」ではないでしょうか。

遺産はご先祖様や親が苦労し残してくれたものです。うばいあえば一族の不幸せ、しいては国の力を弱めます。感謝の気持ちと譲る心を持って臨むなら相続人は皆幸せになるでしょう。

幸せは気付くもの 野口レポートNo311

海の中に住む魚は「海」がわからない。幸せの中に住む人は「幸せ」がわからない。幸せは「手にいれるもの」でなく「感じるもの」「気付くもの」 ―小林正観さんの言葉です―

ある母親と息子がいます。小学生の息子は小児麻痺と思われる障害があります。母親が息子の手をひいて、私の事務所の前を通り近くにある養護施設のバス停まで送り、夕方には迎えにいきます。

前職のGS跡地に今の事務所があります。この親子の姿はGS時代から長年にわたり見てきました。

年月が過ぎていけば母親は歳をとり、息子も大人になります。白髪になった母親は杖をつきながら、気丈に息子の手をひき送り迎えを続けています。

ある日、すっかり老いた母親の手を不自由な身体の息子が、一生懸命ひいている姿を見て不覚にも涙が出てしまいました。

ここ数年この親子の姿は見かけません。きっと母親は亡くなり、息子はどこかの施設に入ったのだと思います。

私は昭和21年の生まれです。昭和20年代は物のない貧しい時代でした。衣服は、兄や姉のお下がりがあたりまえ、食卓も質素で玉子など病気にでもならなければ食べられません。遠足の朝、母親がそっとリュックに入れてくれた1本のバナナの味は忘れません。

いやな顔ひとつせず「物乞いのおじさん」の差し出す茶わんに、飯を盛り味噌汁をかけてあげている母親、大黒柱の父親、親の後ろ姿は子どもにとって最高の教育でした。勉強も強いられることはありません。貧しくとも心豊な幸せな時代でした。

今の子どもはかわいそうです。やれ塾へ通え、やれ勉強をしろ、あの子に負けるな、親の欲は尽きるところを知りません。

もし、タイムマシンがあったなら皆で乗ってみましょう。いじめっ子から弟を守ってくれているお兄ちゃんがいます。おいてきぼりで、ベソをかいている妹がいます。裸電球の下、笑顔で食卓をかこんでいる家族と、仲の良い兄弟姉妹の姿があります。

子どもの頃はこんなに仲が良かったんですよ。昔を思い出し感謝の気持ちと譲る心を持って相続を受け入れましょう。

もう少し時代をさかのぼってみます。額に汗し朝から晩まで野良仕事、薄暗いランプの下で遅くまで夜なべ仕事、ご先祖様の尊い姿ですよ。苦労し残してくださった財産です。多い少ないなどと子孫が争ったら罰があたります。

お母さん、お父さんも、タイムスリップしてください。生まれた赤ちゃんを囲み、満面に笑みを浮かべている人がいます。自分たちの姿ですよ。五体満足の赤ちゃん、それだけで十分のはずです。

不平不満、グチ・泣きごと、悪口・文句が言いたくなったなら、「幸せの中に住む人は「幸せ」がわからない」この言葉を思い出してください。「幸せに気付かない」不幸せな自分に気付きます。

節税対策に振り回されるな 野口レポートNo310

この時期になると御中元が届きます。「いい人に出会いました」「助かりました」「ありがとうございます」と、お客様に心から感謝され頂戴する。これが相続実務での中元歳暮です。

毎年Aさんから中元歳暮が届きます。都度礼状は出しますが、名前に覚えがありません、もう15年も続いています。念のため15年前の相談票をチェックしてみました。

Aさんの名前がありました。奥様が私のセミナーを聴いて相談に見えたとあります。銀行筋から相続税節税対策として賃貸マンションの建築を提案され、ご主人は乗り気になっているとのことです。

駅からバス便で15分のところです。手持ち資金はありません。35年返済の全額借入です。賃貸経営は、1に立地、2に立地、そして大家でなく経営者としての感覚を持つことです。

どう考えても立地が悪い、実行してしまったら多額の借金が残った「負動産」を子が相続することになります。

近隣の賃貸市場をわかりやすく説明し、冷静期間をおくことをアドバイスしました。当初から不安を抱いていた奥様ですが、私の話を聞いて断る決心をし、ご主人を説得し事なきを得ました。

このアドバイスのおかげで「家族が救われた」との思いと、日増しに募る「感謝の気持ち」が毎年届く中元歳暮だったのです。

ここで誤解をしないでほしいのは、「借金して賃貸建物を建てるな」と言っているのではありません。土地の有効活用は必要です。大事なことは身の丈にあった借金やプランのもと、確実なキャシュフロー(手取り)を見据えた土地活用です。

ある相談を受けました。某筋から節税対策になるからと、古アパートを取りこわし、賃貸マンションの建築を提案されています。

規模と建築費との効率や、資金があるとはいえ、借金の額に不安があります。また将来の相続で共有になる可能性があります。

次の提案をしました。 ①アパートの敷地を4宅地に分筆する(土地の相続税評価が下がる) ②戸建て賃貸住宅を4棟建てる(建築費が安くメンテナンスの負担も少ない) ③各棟が独立している(遺産分割がしやすい) ④身の丈に合った借金である(返済が早く終わる)

借金の抜けた物件は「カネのなる木」になります。手元には現金が残り、納税資金や遺産分割の原資になるでしょう。

土地の有効活用は必要です。しかし、安易な節税対策での借金や土地活用に、自分や子供達の大切な人生が振り回されてしまったら本末転倒です。一番大切なことは、その人の人生そのものです。その人生に役立つ対策であってこそはじめて意味があります。

相続にしてもしかりです。たとえ少なくとも頂いた財産に感謝し、自分の人生観や価値観にもとづき心にゆとりある人生を楽しみ、そのすがた(相)を次の世代に伝(続)えていく、こうした考え方こそが本来の相続の姿ではないでしょうか。

勘定と感情の借地問題 野口レポートNo309

借地人「ここに住まなくなったので、借地権を買い取ってくれませんか。」 地主「買えだと、とんでもんない。使わなければ無償で返すのが当たりまえだろう。」 借地人「ならば仕方ありません。他の人に売ります。」 地主「売れるものなら売ってみろ、裁判でも何でもやってやろうじゃないか。」 地主と借地人がこんなやりとりをしたあと、借地人が私のところへ相談に見えました。

旧法借地権が複雑なのは度重なる改正で、本来は債権である土地賃借権を、物権である所有権に限りなく近づけてしまったことにあります。日本で唯一、借りたものを返さなくていい法律です。

借地権の譲渡や家の建替えは、地主の承諾が得られなければ、借地非訟手続きで裁判所が代諾許可を出してくれます。だが、地主と揉めている借地権をあえて買う人がいるかどうかは疑問です。

また、買主が銀行から融資を受けるには地主のハンコが必要となります。揉めていたらハンコなど押す地主はいません。代諾許可での借地権譲渡は現実には難しいものがあります。

借地人からの相談を受け、取りあえず地主のところへ行きました。地主は借地人に対し怒り心頭です。他でも裁判をしており、「裁判は自分の生きがいだ」と言っています。銭勘定に人の感情が絡んでくる借地問題は相続問題とよく似ています。

そんな折、ある住宅メーカーが提案してきました。借地権を買い取りたいとのことでした。裁判所の代諾許可を取り、投資家からお金を集め、アパートを建て家賃収入を配当するとのことです。ファンドを組めば融資を受ける必要はなく、地主のハンコもいりません。

しかし、このまま住宅メーカーに借地権を譲渡してしまったら、その道のプロが商売に徹し入ってきます。地主はいやな思いをするでしょう。借地人にしても後味の悪さが残ります。

借地人には譲渡価格を譲れるところまで譲っていただきました。地主の奥様に状況を説明し、ご主人の説得をお願いしました。地主も一歩譲ってくれ借地権を買い戻してくれることになりました。

ここで予期せぬことがおこりました。借地人に不都合が生じ、引っ越しが延びてしまい、借地を引き渡せなくなりました。
持っている知識と知恵を絞り、ある提案をさせていただきました。

(1)地主が借地権付建物を借地人から買い取る。
(2)地主の所有になった建物を、借地人が更新のない定期借家契約で借り、明け渡しを担保する。
(3)地代相当額を家賃として払い、引っ越し準備が整うまで引き続き住む。
(4)この二つの契約を同時に行う。

1年後、無事に引っ越しが終了し、双方から感謝されました。

犬猿の仲であった地主と借地人ですが、今は2人ともこの世にはいません。人の寿命などたかが100年です。感謝の気持ちと譲る心を忘れずに、明るく素直で健康な人生を過ごし、最後は穏やかに旅立っていきたいものです。

弁護士法72条と相続実務 野口レポートNo308

弁護士法72条という法律があります。簡単にいうと「弁護士でない者は、報酬を得る目的で法律事件に関する事務を行ってはいけません。」というもので、俗に非弁行為といわれています。

弁護士でない者が説得や交渉をくりかえし、遺産分割協議を成立させ報酬を得たなら、最たる非弁行為となります。ならば遺産分割協議に立ち合ったら非弁行為になるのか、私はそうは思いません。ただし、4つのNGがあります。

①交渉 ②説得 ③指示 ④分割協議で報酬を得る ④以外はあくまで原則です。司会進行役ならば問題はないと思っています。

 相続人だけでは話は前に進みません。遺産分割協議には、不動産の知識を持っている実務家や、税理士の同席は必要です。

私はできる限り税理士と一緒に同席します。結果として相続が円満かつ円滑に進めば誰からも文句は出ないと思います。

 以前、弁護士会から通知がきました。「貴殿が関わっている業務に対し、弁護士法に違反するのではないかとの情報が寄せられており、調査を実施したいと考えています。」

弁護士法に違反しているからと、東京弁護士会非弁護士取締委員会より事情聴取の依頼がありました。文句があるなら正々堂々といえばよいのに情報は匿名での密告でした。

相続グループの立ち上げや講演の依頼も多く、相続の実務家として知られてきた時期でした。世の中には他人の幸せや活躍をよろこべない人間もいます。「ひがみ」「妬み」もあります。いやがらせでの匿名による密告でした。

呼び出しに応じ弁護士会に出向きました。担当弁護士は主査と副査の2人です。まるで家庭裁判所の「審判廷」のような雰囲気です。

事情聴取が始まりました。自分としては身に覚えもなく、非弁行為をやっている認識はありません。質問には正直に答え、ありのまま対応しました。結局おとがめなしです。

弁護士法は弁護士の利益や職業を保護するためにあるのではありません。国民の人権や財産が、無資格者の無知や悪意によって侵されることのないようにするのが本来の趣旨です。

弁護士法に必要以上に怯えてしまったら、相続の手伝いなどできません。相続で悩んでいる人、困っている人はごまんといます。

仮に「弁護士以外は相続に関わってはいけません。」もしこんなことになったら、巷は「相続難民」で溢れてしまいます。

相続が争いに発展していた場合は、弁護士以外に入る余地はありません。この法律を正しく理解し、やってよいこと、いけないことをわきまえ、迷うことなく実務に取り組むことが大切です。

 円満かつ円滑な相続を目指し社会にも貢献し、相続人の幸せのために一生懸命やっていて弁護士会に呼ばれたら、それは相続の実務家としての証ではないかと思います。

北風と太陽 野口レポートNo307

「北風と太陽が、力を争っていました。旅人の着物を脱がせ裸にした方が勝ちだということになり、北風は烈しく風を吹きつけました。吹けばふくほど旅人は着物を押さえます。太陽はほどよく照りつけ、徐々に暑さを増していきました。旅人は次々に着物を脱ぎ始め最後には裸になりました。」有名なイソップ物語の話です。

私の事務所は自社ビルの管理事務所を兼ねています。以前は隣がお弁当屋さんでした。従業員のおねえさんから相談を受けました。外壁に設置してあるガス湯沸かし器のコンセントを子ども達が抜いてしまい、その度に仕事が中断し、いくら注意しても聞いてくれず困っているとのことでした。駐車場が併設してあり、子ども達にはかっこうの遊び場です。どうも問題の主は小学生のようです。湯沸し器の横に目線に合わせ、次のようなメッセージを貼りました。

「元気なぼくたちへ おねがい ここのコードは抜かないでね お弁当屋さんの おばさんと おねえさんが いっしょうけんめい お弁当を作っています コードが抜けてしまうと お弁当が作れません おばさんや おねえさんが 困ってしまいます コードを抜かないと 管理人のおじさんと 約束しましょうね。」

いくら注意しても叱っても止まらなかったイタズラが、その日を堺にピタリと止まり、それ以来苦情は一度もありません。

ある地方では認知症になったお年寄りのことを「おじいちゃん(おばあちゃん)は、子供にかえってしまったなあ~」と言うので「二度童子(にどわらし)」と呼んでいるところがあります。

何と思いやりに満ちたあたたかな呼び方でしょう。赤ちゃんと認知症になったお年寄りの行動は似ています。赤ちゃんは成長過程だから誰からも文句を言われず笑って見ていられます。お年寄りの「二度童子」となると、実際に直面する現実の厳しさが心での受け入れを難しくしてしまいます。

 認知症になると「叱りつける」「命令する」「役割を取り上げる」「何もさせない」ただ叱るだけでは悪循環に陥ります。あなたは北風になっていないでしょうか。

「できることをほめる」「ささいなことでも役割を担ってもらう」「失敗しないよう手助けをする」「本人の意思や長年の習慣を尊重する」「ポジティブになれる声かけをたくさんする」認知症のお年寄りに接するには、北風でなく太陽になってあげることです。

相続が本当の争いに発展してしまったら、互いが北風を吹きまくり、太陽など入る余地はありません。最後は弁護士が法律で処理するしかありません。相続が裁判になってしまったら、兄弟の縁は切れてしまい、勝っても負けても不幸になります。

が、本当の相続争いは少ないです。多くは自分達の努力で、まだ解決できる兄弟喧嘩のレベルです。相続で兄弟の縁を切らせないためにも、北風でなく太陽での対応が求められます。

全血兄弟・半血兄弟 野口レポートNo306

5年前にご主人を亡くし、子どもがなく一人暮らしの奥様が亡くなりました。第3順位の相続で奥様の兄弟姉妹が相続人となります。

3人が山口県、1人が佐賀県に住んでいます。末弟(Aさん)が上京し、葬儀や遺品整理など一切を済ませ山口に帰りました。遺産のマンション売却と相続手続きを一括してできるところを紹介してほしいと、葬儀社が頼まれ私を紹介してくれました。

Aさんはすでに山口に帰ってしまい、紹介されたあとは電話と郵便でのやり取りです。一度もお会いしたことはありませんが、私を信頼し全てをまかせてくれました。

相続人の確定をしてみると、父親は離婚し先妻に長男を託し再婚し、後妻との間に4人の子供がいます。被相続人を除き山口在住で両親を同じくする兄弟(全血兄弟)が3人、佐賀在住で父親のみを同じくする兄弟(半血兄弟)が1人、相続人は4人です。

半血兄弟の相続分は全血兄弟の1/2です。それでは各相続人の相続分を出してみましょう。①全血兄弟と半血兄弟全員の人型を書いてください。②全血兄弟の前に団子を2個置きます。③半血兄弟の前には団子を1個置きます。③全部の団子の数(7個)が分母になります。各相続人の前にある団子の数が分子となります。相続分は全血兄弟が2/7で、半血兄弟は1/7となります。

労の多かったAさんがマンションを取得し、費用を全て差し引き残ったお金は全員に各相続分で分配することを提案しました。

この種の相続は先妻の子と後妻の子の人間関係の良しあしが遺産分割に影響してきます。半血兄弟とは疎遠でほとんど付き合いがな  かったそうです。これは「まずいな」と思いました。

 「どこの馬の骨か分からない奴に任すことなどできるか」と言っていた半血兄弟の長男ですが、最後は誠意が通じ、心をひらいてくれました。そして奥様の相続は無事に終了しました。

ところがやっかいな問題が残りました。マンションは亡くなったご主人との共有になっています。まだ、相続手続きをしていません。この相続を処理しなければマンションは売却できません。

相続人はご主人の兄弟姉妹が6人で全員が北海道に住んでいます。ご主人が亡くなった瞬間に3/4が奥様に移っており、相続人は全部で10人です。奥様側の兄弟はAさんに譲り、相続分を放棄しましたが、ご主人側の兄弟は全員が相続分を主張してきました。

Aさんが共有持分を取得し、代償金をご主人の兄弟に払うことで話はまとまりました。あとはマンションを売却し一件落着です。

カモはスイスイと優雅です。が、外から見えぬ水面下では激しく足を動かしています。相続実務もさりげなく見えます。しかし、外から見えぬ水面下では多くのエネルギーを消耗します。

案件が無事完了した時は、近くのそば屋で充実感と疲れが混じった身を癒します。この時に一人飲むお酒の味は格別です。

相続と三尺箸 野口レポートNo305

「地獄でも極楽でも、食卓にはたっぷりのご馳走が用意されている。ただし、どちらの住人も、三尺(約90センチ)の箸を使って食べなければならない。地獄の住人は、先を争って長い箸で口に入れようとするが、届くはずもなく飢えてやせ細る。

極楽の住人を見れば、長い箸でご馳走をつまみ、向い合う人の口に、どうぞと食べさせている。互いに与え合い、楽しく満ち足りた心持ちで暮らしている。」三尺箸と呼ばれる仏教説話です。

◎この三尺箸を相続に置き換えてみました。

『食卓には親が残した、たっぷりのご馳走(遺産)が用意されている。相続人は、三尺の箸でこのご馳走を食べなければならない。

ある相続人は、親が残してくれたご馳走は「当たり前」だと思っている。感謝の気持ちなど全くない。先を争って長い箸で口に入れようとするが、届くはずもなく身も心も荒んでくる。

 ある相続人は、親が残してくれたご馳走は「ありがたい」と思っている。感謝の気持ちがあるから譲ることができる。

長い箸で他の相続人に、どうぞと食べさせてあげる。こちらが譲るから、相手もどうぞと食べさせてくれる。互いが譲り合うから、楽しく満ち足りた心持ちになり、幸せに暮らすことができる。』相続の三尺箸と呼んでいる野口説話です。

我欲で三尺箸を使ったら、相続人は幸せになれません。まして奪い合ったら、兄弟姉妹の縁は切れてしまいます。相続が原因で切れた縁は、元に戻ることはありません。

ところが、長い間切れていた兄弟姉妹の縁が、相続をきっかけとして元に戻ることが稀にあります。

父親が亡くなり長女(Aさん)から相続手続きの依頼を受けました。遺産は預貯金と自宅です。相続人は母親と子どもが4人です。

相続人の一人である弟は、30年間行方不明です。一人でも欠けたら相続の手続きはでません。疎遠になった原因は弟にあり、すでに兄弟姉妹達は縁を切っているとのことでした。

戸籍を追うと弟は広島にいることが判明しました。弟に相続人である旨の手紙を出しました。広島から電話が入りました。母親と同居し世話をしているAさんが遺産を相続することで、他の相続人とは、すでに合意していることを弟に伝えました。

 数回のやり取りのあと、弟は気持ちよくハンコを押してくれました。弟の対応を知ったAさんは、昔のことは忘れると言ってくれました。互いが、三尺箸を上手に使ったのです。

 相続手続きも終わり、Aさんに広島へお礼の電話を入れてくれるようお願いしました。弟はとてもよろこんでくれたそうです。Aさんは他の兄弟とも相談し、弟を父親の一周忌に呼ぶそうです。

不思議な力を感じることがあります。兄弟姉妹の縁が戻ったのも、亡き父親が導いてくれたような気がしてなりません。

2022年を迎えて 野口レポートNo304

新年明けましておめでとうございます。2021年はコロナに明けてコロナで暮れました。感染が下火になりホッとしたのもつかの間、新たなオミクロン株の脅威が迫ってきています。

飲食、旅行、集会、祭り、軒並みできなくなりました。仕事帰りの一杯など、ささやかな楽しみまで奪われ、ストレスも大いに溜まりました。ひたすら「耐え忍ぶ」そんな1年でもありました。

観光・旅館業や飲食業などコロナの影響は計り知れません。「酒を出してはならぬ」とのお達しは、飲食店や居酒屋には致命的でした。廃業に追い込まれたお店もあります。

8月には感染者数がピークに達し、入院できない人が続出し、自宅待機中に亡くなった人もいます。私達は「医療崩壊」の現実を初めて目の当たりにしました。精神的・肉体的に限界をこえ、泣きながら仕事をしている看護師の姿に衝撃をおぼえました。

いままで当たり前にできたことができない、当たり前と思っていたことが、実に有り難いことであるとコロナ禍が気付かせてくれました。このことはコロナが収束しても忘れてはなりません。

パズル(社会の仕組み)が、この超大型台風(コロナ)により、バラバラにされてしまいました。嵐が過ぎるのをじっと待っている人、すでに型を変え新な変化に備えている人など様々です。

コロナが収束しても以前と同じ世に戻るとは限りません。新たなパズルが組み上がったら、どんな絵が出てくるでしょうか、新しい仕組みや変化に対応できる心の準備が必要です。

毎月発行している「野口レポート」ですが、昨年は300号を発行することができました。25年間よく続けてこられたと思います。

相続は「法律、財産、人心」が、三つ巴に絡んでくる難しい分野です。物の本を見ても法律や税金ばかりで、相続で一番大切な「心の部分」を書いた本はありません。なら、自分が書いたらどうなるか、そんな発想からのスタートでした。

頑張って続けてきましたが、一度だけ挫折しそうになったことがあります。それは父親が急逝した時です。集中力が出てこないのです。気力を振り絞りやっとの思いで書きつなぎました。あそこでやめてしまったらこのレポートはなかったと思います。

感性の新鮮さを保つため、あえて書き溜めはしません、月1回の真剣勝負です。相続を生業とする人、目指す人、相続人となった人、生き方に悩んでいる人、レポートを読んで助けられたとのお手紙を頂戴することもあります。古いレポートを読み返し、新たな気付きがあったとお葉書もいただきます。レポートを通し知識以外に人として最も大切なものを感じとってくださればと思います。

「10年偉大なり、20年畏(おそ)るべし、30年歴史になる」継続は一歩一歩の積み重ねに他ありません。あと5年、歴史になるまでは書き続けたいと思っています。