兄弟 野口レポートNo298

兄が死んだ。姉から電話でそのことを知らされ時、私は思わず小さな声で「万歳!」と叫んだ。16年待った。長い16年だった。

なかにし礼さんの著書「兄弟」の冒頭の一節です。

中西一族は満州から引き揚げ小樽に住んでいました。兄が家を担保に借金し、ニシンの網に賭けて全てを失います。

年月が過ぎ礼さんは石原裕次郎さんと出会いました。これが作詞家なかにし礼を生んだ原点です。最初の作品は菅原洋一さんの「知りたくないの」でした。作詞家、作家としても大活躍します。

一方の兄は、博打好き、見栄っ張り、会社を設立しては倒産し借金が残る。この繰り返しで倒産させた会社は10数件に及び、その度に礼さんが尻ぬぐい、肩代わりした借金は計り知れません。

この「底無しの甘ったれの怪物」が、ゴルフ場の開発に手を出しました。礼さんは知らぬ間に社長にされていました。違法が発覚し会社は倒産、兄は姿を消しました。兄の借金2億円を加えると、全財産を処分しても、5億5,000万円の負債が残りました。

礼さんは生活にも困窮する借家住まいとなりました。が、めげずにヒット作品を連発し、この借金を返すことができました。

絶縁してから16年、兄の死を知り思わず「万歳!」と叫びました。尋常でない兄の「呪縛」から解き放された瞬間でした。

 相続での遺産分割協議は、人間の本性が表に出てきます。自分に嘘がつけません。この時の姿が「本当の自分の姿」です。                                                          

◎ある母親が亡くなりました。兄夫婦が母の最期を看取りました。遺産は自宅と預貯金で、相続人は兄と弟の2人です。

母は弟を溺愛し、ほしいものは何でも与えました。弟は「はしっこい」が、兄は「とろい」と、よく言っていたそうです。

「とろい」と言われた兄は、長男ゆえに我慢と苦労を強いられ、思いやりと人望ある人間に育ちました。

「はしっこい」と言われた弟は、甘やかされ、ずるくて身勝手な人間に育ちました。未だ結婚できず独身です。

この兄弟の遺産分割協議に立ち会いました。兄が口火を切ります、

墓守や親戚付き合いなどを考慮し分割案を出しました。が、弟は聞く耳を持ちません。兄に対し言いたい放題です。兄はこぶしを握りジッと耐えています。よく我慢していると思いました。

弟は1円単位までこだわります。兄は自宅を相続し、あとは譲り預貯金のほとんどを弟が持っていってしまいました。

世の中には礼さんの兄やこの弟のように、人格がまるで違う兄弟もいます。同じ親から生まれてきたとはとても思えません。

親の財産もらうのは当たり前、有り難いとの気持ちがない、感謝がないから譲れない、相続争いをする兄弟の共通点です。

多くを見てきましたが、相続は子育ての集大成です。相続争いや、兄弟仲が悪いのは、親の子育ての失敗だと思います。

二兎を追う者は一兎をも得ず 野口レポートNo297

相続対策には大きくわけて次の三つの対策があります。

(1)遺産分割対策

 親の財産を円満かつ円滑に分ける対策です。生前に不良資産などを整理し分けやすい財産にしておく、不公平感のないバランスの取れた遺言公正証書を作成し、親の気持ちを付言に託しておく、盆や正月など集まる機会あるごとに、子供達に遺言の内容を言い含め相続争いや兄弟姉妹に絶縁が生じないようにしておく。

(2)相続税納税対策

 相続開始10ケ月以内に相続税を現金一括納付できるようにしておく対策です。財産構成は主に土地で預貯金が少ない、億単位の納税をする地主にとって、何より優先しなければならない対策です。

(3)相続税節税対策

相続税をいかに減らすかの対策です。対策のなかでは一番報酬を取りやすい分野です。相続の専門家と言われている人達には、節税対策を優先する人が多いのも事実です。

が、これらの対策が同じ方向を向くとは限りません。真逆の方向を向いてしまうこともあります。このお客様にはどの対策を優先すべきか、三つの対策のうち優先する一つの対策が決まったら、その対策を確実に実行することです。

新型コロナウイルスの感染拡大が止まりません。政府は感染対策と経済対策を両立させるとの方針を続けてきました。

極めつけは「GoToトラベル」「GoToイート」のキャンペーンです。これで感染が一気に広がりました。感染対策と経済対策の2兎を追ってしまった結果です。

自粛生活の長期化やコロナ慣れにより、当初に比べ国民の意識も低く、「緊急事態宣言」も以前のような効果があるかは疑問です。

最近は会合もありません。講演もオンラインで臨場感がありません。友人との会食や飲み会も一切ありません。

相続は心と神経を使うストレスのたまる仕事です。週末には近くのソバ屋のカウンターで一人お酒を飲みながら、疲れた神経を癒しリフレッシュするのが、コロナ禍のなかで唯一の楽しみです。が、酒を出してはならぬ、とのお達しでこれもできなくなりました。

「おもてなし」の言葉のもと、カードを返したら「TOKYO」です。オリンピック招致に成功し、関係者は涙しよろこびました。まさか貧乏クジを引いたなど誰が思ったでしょうか。

政府は二兎でなく三兎を追うつもりです。このような感染状況のなかでオリンピックを開催できるのでしょうか、IOCや政府は国民の健康を最優先し、判断してほしいものです。

「二兎追う者は一兎をも得ず」今はこの言葉をかみしめ、円滑なワクチン接種や感染拡大を抑えることに、エネルギーを集中すべきだと思います。

相続と所有者不明土地 野口レポートNo297

不動産登記簿を見ても、現在誰が持っている土地なのか分からない。所有者不明土地は全国の土地の20%を占めるそうです。

原因は相続登記の不備が最も多く、次は住所が変わっても住所変更の手続きをしていないことです。

遺産分割協議が整わなければ、土地も相続登記ができません。次から次へと枝分かれしていきます。

孫の子⇒     ひ孫・曾孫(そうそん)
孫の孫⇒     やしゃご・玄孫(げんそん)
玄孫の子⇒    来孫(らいそん)
来孫の子⇒    昆孫(こんそん)
昆孫の子⇒    仍孫(じょうそん)

ある土地と建物があります。すでに50年前には空家になっていたそうです。老朽化し屋根が落ちています。近隣住民の訴えで役所も放っておけず所有者の調査をしました。

所有者200人、93人が存命しており、相続登記をしないままに「来孫」まで枝分かれしています。

「全国の土地の20%が所有者不明土地である」この憂しき問題を何とかしなければと、民法・不動産登記法の改正法案が国会に提出されました。いくつか流れを紹介したいと思います。

◎土地の相続登記の申請義務化
相続によって土地の取得を知った者は、知った日から3年以内に登記をしないと10万円以下の過料が課せられます。また、所有者の住所が変更になった場合は、正当な理由なく住所変更から2年以内に登記の変更申請をしなければ5万円以下の過料が課せられます。

◎遺産分割に期限が定められる
現行民法には遺産分割に期限の定めがありません。何年経っても遺産分割協議が整わない、世間にはよくある話です。改正法が成立し施行されると、相続開始時から10年が経過し、遺産分割協議が整はない時は、遺産は法定相続分で強制分割されることになります。土地も法定相続分で登記されます。つまり遺産分割に10年の期限が定められることになります。

◎土地所有権の国庫への帰属が可能となる
土地の所有権は放棄することができません。この制度は結果として「土地を捨てることができる」画期的な制度だと思います。

一定の要件(物納要件に近い)を満たした土地の所有者は、その土地の所有権を放棄し国庫に帰属させることに対し、法務大臣の承認をもとめることができるようになります。相続でまったく価値のない土地(負動産)を所有し、困っている人はたくさんいます。この制度の創設が一筋の光になればよいのですが。

思いきった改正ですが、所有者不明土地が、国土の5分の1になるまで、放っておいた政府の対応はいかがなものかと思います。

お一人様と相続人 ➂ 野口レポートNo296

疎遠の相続人には3通りのタイプがあります。①亡くなった人とは面識もなく「遺産を頂く筋合いはないから」と相続分の放棄を申し出てくれる人。②代表相続人の提案をほぼ受け入れてくれる人。③権利意識が強く「自分も相続人である」と権利を主張する人。

遺産分割は全員が納得し、すんなり合意することなどめったにありません。何度かキャッチボールをして落としどころを探っていきます。苦労しましたが最後は何とかまとまりました。

遺産分割協議書は原本(全財産が記載)が人数分と、不動産登記用(不動産のみ記載)が1通、銀行用(預貯金のみ記載)が1通、全部で3種類作成します。

原本で相続登記をしてしまうと法務局に写しが残り、利害関係人は閲覧できてしまいます。

原本で銀行手続きをすると、その家の全財産を銀行にさらけ出すことになります。遺産分割協議書の原本はトップシークレットです。

不動産登記用の分割協議書は、相続登記ができるか、調印の前に事前に司法書士にチェックをお願いします。

銀行の預貯金の解約手続き等を円滑に行うため、Bさんが預貯金と全財産を1人で取得し、協議で決まった金額を他の相続人に代償金として支払う代償分割の形を取りました。

Bさん親子に上京いただき、いよいよ預貯金の相続手続きです。手続きに2時間以上かかることもあります。全部で7カ所を回ります。金融機関の相続手続きは肉体労働のようなものです。

必要な書類は私が一切揃えます。Bさんには銀行専用の依頼書に行員の指示にしたがって記入し、署名捺印をしてもらうだけです。私は隣に座って必要に応じてサポートします。

各銀行の手続きも円滑に進み、次は鬼門である某信金です。遺産分割協議書があるので、専用の依頼書は代表相続人1人の署名捺印で足ります。が、相続人全員の署名捺印をもらってくれと言われました。今度ばかりは譲れません。本部に聞いてくれと食い下がりました。本部の答えはそれでよしでした。

預貯金の解約も終わり、Bさん親子に再度上京いただき、最後は相続税の申告です。税理士と打ち合わせをし、あとは郵送と電話でやりとりしてもらい無事に相続税申告も終わりました。

他の相続人は何もしないで、ただ上からお金(代償金)が下りてくるのを待っているだけです。Aさんに子供や養子がいたなら、急逝しないで長寿を全うしたなら、もらえるお金ではありません。

まして疎遠の相続人には棚ボタ財産です。お一人様のAさんは兄弟姉妹に迷惑をかけたくないと、贅沢をせず質素な生活を続け老後に備えてきました。残された遺産は重いお金です。Aさんと動いてくれたBさん親子に感謝し、大切に使っていただきたいものです。

  おわり    

お一人様と相続人 野口レポートNo293

父母等の直系尊属はすでに他界し、配偶者がいない、子供もいない、ひとり身の「お一人様」が亡くなると、第3相続順位の兄弟姉妹が相続人になります。すでに亡くなっている人がいれば、その子供が1代限りで代襲相続人になります。

岩手から川崎に出てきて40数年、高齢のAさんが急逝しました。お一人様のAさんには兄弟姉妹が4人います。3人は存命で岩手に在住しています。1人に代襲相続が発生しています。代襲者の姪は疎遠でどこにいるのか分かりません。

岩手からは一番若い末弟(73歳)のBさんと息子のCさんが上京し、川崎で葬儀をすませお骨は故郷に持ち帰りました。Bさん親子は再度上京し、Aさんが借りていたアパートの解約や明け渡し、遺品整理などの後始末をしました。

遺品整理を扱った業者が知り合いだったので、私をBさんに紹介してくれました。フットワークの良い息子のCさんが相続人の窓口になってくれることになりました。

最初にやることは司法書士に依頼し相続人の確定です。Aさんが生まれた時からの全戸籍を取得します。高祖父母など生きているわけがないのに、上の上までさかのぼり戸籍を取得し直系尊属が誰もいないことを証明し相続人が兄弟姉妹に確定します。

次は預貯金通帳等から銀行を特定します。そして残高証明の取得です。Bさん親子は岩手にいるので銀行回りはできません。

Bさんの委任を受け代理人として残高証明を取得することになりました。都銀・地銀・ゆうちょ、残高証明は全て取得できました。

最後は某信金です。信金「代理人では駄目です。相続人本人の署名捺印をもらってください。」 野口「他の銀行は代理人の署名捺印で取得できたんですよ。それでは委任状の意味がありませんよ。」

信金「うちの決まりです。」ここは100歩譲りました。

 野口「残高証明は私のところへお願いします。」 信金「相続人に送るので送り返してもらってください。」全く話になりません。相続の円滑な対応も大事な顧客サービスではないかと思いますが……。

 戸籍も揃い相続人の確定ができました。疎遠であった代襲者の住所も判明し相続人は4人です。姪に手紙を書きました。

疎遠の相続人や前婚の子に最初に出す手紙は細心の注意と気遣いが必要です。これで相手に与える印象が決まります。

◎突然に手紙を出す非礼を詫びる ◎弁護士ではないことを伝える ◎法律用語は使わない ◎相続人であると判明したことを伝える ◎遺産は調査中にしておく ◎とりあえず連絡をくださるようお願いする。 ◎ダイレクトメールとまちがえられゴミ箱へ捨てられないように、宛名の下に「〇〇様相続の件」と書き添えます。

はたして連絡はくるかどうか、祈るような気持ちで投函しました。

次号へつづく

コロナ禍と相続実務 野口レポートNo292

コロナは人から大切な時間を奪い、多くの仕事や生活に影響を与えています。相続や不動産も例外ではありません。

◎一昨年の11月に父親がなくなりました。母はすでに他界しており、相続人は長男を含め4人です。遺産は自宅とアパート、預貯金株式なのどの金融資産がそれなりあります。

長男はお金をかけてもらい一流大学を出て一流企業に就職し、現在は自分で起業し業績も順調です。

遺産分割に際し「自分はハンコ代でいいよ。あとは3人で話し合ってくれ」と腹の太いところを見せていました。心が広いお兄さんだなと感心していました。

遺産分割の話会いも順調にすすみました。ところが年が明け3月になると、長男の会社がコロナの影響をまともに受け業績が急激に悪化してしまいました。

当初は「ハンコ代でいいよ」と言っていた長男の態度が一変しました。遺産分割は最初からやり直しです。父親が亡くなるのがあと1年早かったら円滑な分割で済んでしまったでしょう。

◎同じく一昨年の話です。老朽化した収益物件の売却の依頼を受けました。何とか売り抜けましたが、年が明けてしまったら買う人はいなかったと思います。わずか1年の差で運が分かれます。

コロナの影響で昨年の3月頃から相談者の来店が減っています。感染対策はとっていますが面談を控えていると思われます。コロナが終息してからと問題を先送りにしている人もいます。

代わりに遺言作成など一般家庭の相続対策の相談が増えてきました。コロナに背中を押され相続が現実味をおびてきたのでしょう。財産が自宅と預貯金が1000万円~2000万円、この層の優先すべき相続対策は遺産分割対策です。

配偶者が自宅敷地を取得するか、または小規模宅地特例の要件を満たせば、相続税の心配はまずないでしょう。ただし、10ケ月以内に申告が必要となるので税理士の費用はかかります。

遺産が相続税基礎控除を超えなければ、相続税の申告義務はなく遺産分割のみで済みます。こちらは期限の定めは特にありません。

また、相続争いの多くはこれらの層に発生します。主な財産が自宅では分けようがありません。遺言の作成は必須です。

兄弟姉妹の相続以外は遺留分の問題が絡んできます。先の相続法改正で遺留分減殺請求権が遺留分侵害額請求権となりました。もし遺留分を請求されたら金銭で払わなければなりません。遺言作成と遺留分対策は一体で考える必要があります。

財産があれば遺留分を侵害しない遺言も可能です。が、上記の層ではそんなわけにはいきません。親の考えや思いを伝えておく、付言の工夫、生命保険の活用など準備が必要です。コロナ禍を機に相続対策の必要性が一気に顕在化してきた感があります。

一刀流の極意 野口レポートNo291

「剣は心なり 素直な熱意こそ 大切なり」稽古に通っていた剣道場の標語です。私はこの言葉が大好きでした。

25歳で剣道を習いはじめ、続けていたら三段になっていました。剣道の精神や考え方は、自分の生き方や人生だけでなく、50歳で起した相続の仕事にも少なからず影響を与えてくれました。

人生は人との出逢い、師との出逢いで決まると申します。刃筋が通り真っすぐ下りた剣は相手の剣をはじき、肉を切らせて骨を切ります。「真っすぐ上げて、真っすぐ下す」師である道場の館長(小野派一刀流師範)から教えていただいた一刀流の極意です。 

中野八十二先生(元慶応大学剣道部師範)が道場を訪れてくれました。中山博道らとならび昭和の剣聖といわれた達人です。三段以上は特別に稽古をつけていただけます。当時二段の自分はかえすがえす残念でした。

「剣道とは何か」見ておきなさい。館長の言葉のあと弟子たちは総当たり、高段者の先輩たちが中野先生にまるで赤子のようです。剣先は相手の中心を一分も外さず霊気さえ感じます。

剣豪など文庫や映画の世界と思いきや、現実に目のあたりにした達人の衝撃は、いまでも目に焼き付いています。

どんな格下でも相手を尊重し、真剣勝負で応じられる姿にも感銘を受けました。小さな仕事でも全力で取り組むことの大切さは、中野先生の姿から学ばせていただきました。

昭和の剣道ブームのころ、地元の剣友会で小学生の指導をすることになりました。剣道は正しい面打ちができれば、ほかの技は自然と身につきます。ここは徹底し指導しました。

子どもたちの剣筋は素直で、剣道大会では相手に胴を抜かれたり、小手を打たれたり、試合ではなかなか勝てません。「なんでうちの剣友会は勝てないの?」内心お母さんたちは不満です。これでいい、これでいいのです、もう少し我慢と説得します。

小手先の技を教えれば試合では勝てますが、いずれ行き詰まります。「大きく振りかぶり、真っすぐ打ちこむ」は原点です。主宰している相続野口塾もこの精神を20年間つらぬいてきました。

正しい剣筋を身につけた子どもたちはメキメキと頭角をあらわし、剣道大会では上位を占めるほどになりました。教え子たちは揃って地元の中学校に入学し剣道部に入りました。

玉川中学校剣道部が川崎を征するのに時間はかかりませんでした。学校の廊下には笑顔で優勝旗をかこんでいる当時の子どもたちの写真が飾ってあります。

教え子たちは剣道を通し成長し、社会に出てからも立派に活躍しています。「真っすぐ上げて、真っすぐ下す」一刀流の極意は全てに通じる極意でもあります。

時間どろぼうと新型コロナウイルス 野口レポートNo290

半世紀以上前に書かれた児童文学に「モモ」ミヒャエル・エンデ作があります。時間どろぼうと、ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語です。

数年前に知人にすすめられ読みました。児童文学とはいえ奥の深い本であると感じました。今この本がコロナ禍で注目されています。再読しさらに深さを感じました。

物語は、時間どろぼう(ゾッと寒気がする「灰色の男」たち)と自然のままに生きている浮浪児の女の子「モモ」との戦いです。

「灰色の男」たちにあやつられ、時間を盗まれてしまった町の人びとは、むだな時間が人生を豊かにすること、人間らしく生きられること、このことを完全に見失ってしまいました。

いい服装をし、お金もよけいに稼ぎました。しかし以前のようなしあわせな生活にはなれません。心もすさんでいきます。

意味は少し異なりますが、時間どろぼうは現代でも私たち人間のそばにいます。それは「新型コロナウイルス」です。コロナは多くの人たちから大切な時間を盗んでいきました。

①人の命⇒ 「志村けん」さんも人生の後半で一番大切な残りの時間を盗まれてしまいました。盗まれなければ独自の笑いで多くの人を楽しませてくれたでしょう。

②通勤時間⇒ 通勤時間も盗まれました。在宅ワークも長期間となるとどうでしょうか、通勤は必要な時間だと思います。

③温泉旅行⇒ 庶民のささやかな楽しみである温泉旅行の癒しの時間も盗んでいきました。開店休業の旅館やホテル、車庫には時間を盗まれた観光バスがあふれています。

④教育⇒ 教育は国にとって最も重要な事業です。大学生のなかには入学したが、一度も学校に行ってない学生もいます。大切な学ぶ時間も盗まれました。

コロナは、私たち人間から膨大な時間を盗みました。これ以上どんな時間を盗もうとしているのでしょうか?

話を物語に戻します。モモ⇒「時間をぬすまれてしまった人間はどうなるの?」灰色の男⇒「人間なんてものは、もうとっくから要らない生きものになっている。この世を人間のすむ余地もないようにしてしまったのは、人間じしんじゃないか。こんどはわれわれがこの世界を支配する!」(モモより引用)。

物語では「モモ」が「灰色の男」たちから盗まれた時間を取り戻し、人びとはもとの人間らしい生活に戻ることができました。

はたして現代社会に「モモ」はいるのでしょうか、これからの新しい生活様式に人間のリズムが合うのでしょうか、コロナ禍は私たちに「時間とは何か」を考える機会を与えてくれました。

この本は人間としての本来の生き方を忘れかけてしまっている現代人に警鐘をならし「時間の真の意味」を問うています。

高齢者と成年後見制度 野口レポートNo289

高齢になると判断能力が衰えてきます。そこにつけ込み、必要のない作業をし、高額な請求をする悪質業者、あの手この手の特殊詐欺など、もし自分の親が同じことをやられたらどう思うのか!

以前、友人から電話がありました。夜中なのに一人暮らしのおばあちゃんのところへ業者が出入りしている。おかしいからきてほしいとのことでした。かけつけてみるとシロアリ業者が床下に10個近い換気扇を取り付けようとしています。おばあちゃんは言われるがまま、費用は150万円とのことです。

業者に床柱の補修で十分ではと迫ると、契約書を盾に「あんた部外者でしょう、うちは本人と合意しているんだ」と強引に作業を進めようとします。訪問販売にはクーリングオフもあるし、取りあえず息子さんに連絡し了解をとってくれと頼みました。

騒ぎに気づき近所の皆さんも集まってきました。あきらめた業者は契約書を破棄し去っていきました。友人の機転がなかったら、おばあちゃんは悪質業者の被害者になっていたでしょう。

こちらも一人暮らしのおばあちゃんです。不要な訪問販売や某団体などの勧誘が後をたちません。嘘も方便、家族と本人の同意を得て門の内側に「成年後見人がついています」と張り紙をしました。それ以後は訪問販売や勧誘はピタリと止まりました。

判断能力の衰えに対し民法は「成年後見制度」を設けています。判断能力が全くない人には成年後見人をつけることができます。

ある父の相続手続きです。相続人は母と同居の長女です。母は数年前に足を骨折し、要介護の認定を受け車イスの生活をしています。5日後に介護施設に入所の予定です。

近くの司法書士へ行きました。書類を全部取ってきてくれたらやると言われました。次は法律事務所へ相談に行きました。弁護士からは施設に入ってしまうと、コロナで面会ができない、分割協議もできないから成年後見人をつけると言われました。一度後見人をつけると死ぬまで外せません。毎月の後見人の費用もかさみます。

途方にくれた母娘は人をたよりに、女性で相続コーディネーターのMさん(運がよかった)にたどりつきました。

母の判断能力は足りると確信し、翌日介護タクシーを予約し、車イスの母と長女と役所回りをし、戸籍などの必要書類を集めました。

コロナ禍ゆえ登記をお願いする司法書士には、リモート等で本人の意思確認をしてもらい、分割協議書に母の署名押印をいただきました。これで母の対応は済みました。あとは順次手続きを進めるだけです。入所する1日前でした。「これで安心ですよ」と、母娘に言ったら「ありがとうございます」と泣かれてしまったそうです。

相続人から心より感謝され報酬を頂戴する、これぞ相続実務の神髄です。Mさんは「いい仕事」をしてくれました。話を肴に美味しいお酒をのみながら労をねぎらってあげました。

配偶者居住権 野口レポートNo288

父が亡くなるとその財産は、亡くなった瞬間に配偶者が2分の1、子が2分の1(複数なら2分の1を均分)の割合で未分割共有状態となり、所有権が相続人に移ります。

それを各相続人の確定した財産にする話し合いが遺産分割協議です。全員が合意すれば、どのような分け方をしても有効です。

遺言があれば法定相続に優先し遺言通り(遺留分は別の問題)になります。また借金の遺産分割は相続人の間では有効ですが、銀行などの債権者に対抗(主張)できないので注意が必要です。

《事例》父が亡くなり相続人は母と長女と二女です。長女夫婦が同居し父を看取り、残された母の面倒をみています。二女が自宅を相続したいと理不尽な要求をし、母・長女対二女と争いになっています。最後は弁護士が入り審判で決着がつきました。

この時に母に対して大事なアドバイスがあります。「一切の財産を長女に相続させる」との遺言を作ることです。

夫が亡くなった瞬間に夫の財産の2分の1は、すでに配偶者に移っています。もし係争中に母が亡くなったら2分の1の半分が二女に渡ってしまいます。

が、このような子は稀だと思います。ほとんどの子は夫に先立たれた母を気遣い、思いやりの相続を考えています。

◎先般の相続法改正で「配偶者居住権(建物に設定)」が創設されました。夫(妻)の死亡により、残された配偶者が無償にて終身又は一定期間自宅に住み続けられる権利です。

◎事例でみてみましょう。
夫が亡くなりました。相続人は妻と子が2人です。遺産は自宅(2000万円)と預貯金(2000万円)です。妻が自宅を相続すれば法定相続分は使い切ってしまいます。子どもたちが権利を主張したら預貯金は取得できず生活資金を確保できません。

「配偶者居住権」の評価(年齢で異なる)を、仮に1000万円とします。これで妻は生涯自宅に住むことができ、かつ残りの相続分で1000万円の預貯金を取得することができます。

「配偶者居住権」を設定すると、所有権の評価はぐんと下がります。そして配偶者の死亡により「配偶者居住権」は消滅します。子が1000万円で相続した負担付所有権は完全所有権となり、税金なしで2000万円の価値に変わります。

また、状況が許せば後妻に「配偶者居住権」を遺贈し、先妻の子が所有権を相続すれば、信託の代わりにもなります。

法務省がいう「家族の在り方に関する国民意識の変化」が創設のきっかけとはいえ、親を大切にとの「日本文化」は残っています。

母に対し法定相続分の主張や、追い出してしまうような親不孝な子は、はたしてどのくらいいるでしょうか、「配偶者居住権」本来の趣旨でなく、別な目的で使われる気がします。