弁護士法72条と相続実務 野口レポートNo308

弁護士法72条という法律があります。簡単にいうと「弁護士でない者は、報酬を得る目的で法律事件に関する事務を行ってはいけません。」というもので、俗に非弁行為といわれています。

弁護士でない者が説得や交渉をくりかえし、遺産分割協議を成立させ報酬を得たなら、最たる非弁行為となります。ならば遺産分割協議に立ち合ったら非弁行為になるのか、私はそうは思いません。ただし、4つのNGがあります。

①交渉 ②説得 ③指示 ④分割協議で報酬を得る ④以外はあくまで原則です。司会進行役ならば問題はないと思っています。

 相続人だけでは話は前に進みません。遺産分割協議には、不動産の知識を持っている実務家や、税理士の同席は必要です。

私はできる限り税理士と一緒に同席します。結果として相続が円満かつ円滑に進めば誰からも文句は出ないと思います。

 以前、弁護士会から通知がきました。「貴殿が関わっている業務に対し、弁護士法に違反するのではないかとの情報が寄せられており、調査を実施したいと考えています。」

弁護士法に違反しているからと、東京弁護士会非弁護士取締委員会より事情聴取の依頼がありました。文句があるなら正々堂々といえばよいのに情報は匿名での密告でした。

相続グループの立ち上げや講演の依頼も多く、相続の実務家として知られてきた時期でした。世の中には他人の幸せや活躍をよろこべない人間もいます。「ひがみ」「妬み」もあります。いやがらせでの匿名による密告でした。

呼び出しに応じ弁護士会に出向きました。担当弁護士は主査と副査の2人です。まるで家庭裁判所の「審判廷」のような雰囲気です。

事情聴取が始まりました。自分としては身に覚えもなく、非弁行為をやっている認識はありません。質問には正直に答え、ありのまま対応しました。結局おとがめなしです。

弁護士法は弁護士の利益や職業を保護するためにあるのではありません。国民の人権や財産が、無資格者の無知や悪意によって侵されることのないようにするのが本来の趣旨です。

弁護士法に必要以上に怯えてしまったら、相続の手伝いなどできません。相続で悩んでいる人、困っている人はごまんといます。

仮に「弁護士以外は相続に関わってはいけません。」もしこんなことになったら、巷は「相続難民」で溢れてしまいます。

相続が争いに発展していた場合は、弁護士以外に入る余地はありません。この法律を正しく理解し、やってよいこと、いけないことをわきまえ、迷うことなく実務に取り組むことが大切です。

 円満かつ円滑な相続を目指し社会にも貢献し、相続人の幸せのために一生懸命やっていて弁護士会に呼ばれたら、それは相続の実務家としての証ではないかと思います。

北風と太陽 野口レポートNo307

「北風と太陽が、力を争っていました。旅人の着物を脱がせ裸にした方が勝ちだということになり、北風は烈しく風を吹きつけました。吹けばふくほど旅人は着物を押さえます。太陽はほどよく照りつけ、徐々に暑さを増していきました。旅人は次々に着物を脱ぎ始め最後には裸になりました。」有名なイソップ物語の話です。

私の事務所は自社ビルの管理事務所を兼ねています。以前は隣がお弁当屋さんでした。従業員のおねえさんから相談を受けました。外壁に設置してあるガス湯沸かし器のコンセントを子ども達が抜いてしまい、その度に仕事が中断し、いくら注意しても聞いてくれず困っているとのことでした。駐車場が併設してあり、子ども達にはかっこうの遊び場です。どうも問題の主は小学生のようです。湯沸し器の横に目線に合わせ、次のようなメッセージを貼りました。

「元気なぼくたちへ おねがい ここのコードは抜かないでね お弁当屋さんの おばさんと おねえさんが いっしょうけんめい お弁当を作っています コードが抜けてしまうと お弁当が作れません おばさんや おねえさんが 困ってしまいます コードを抜かないと 管理人のおじさんと 約束しましょうね。」

いくら注意しても叱っても止まらなかったイタズラが、その日を堺にピタリと止まり、それ以来苦情は一度もありません。

ある地方では認知症になったお年寄りのことを「おじいちゃん(おばあちゃん)は、子供にかえってしまったなあ~」と言うので「二度童子(にどわらし)」と呼んでいるところがあります。

何と思いやりに満ちたあたたかな呼び方でしょう。赤ちゃんと認知症になったお年寄りの行動は似ています。赤ちゃんは成長過程だから誰からも文句を言われず笑って見ていられます。お年寄りの「二度童子」となると、実際に直面する現実の厳しさが心での受け入れを難しくしてしまいます。

 認知症になると「叱りつける」「命令する」「役割を取り上げる」「何もさせない」ただ叱るだけでは悪循環に陥ります。あなたは北風になっていないでしょうか。

「できることをほめる」「ささいなことでも役割を担ってもらう」「失敗しないよう手助けをする」「本人の意思や長年の習慣を尊重する」「ポジティブになれる声かけをたくさんする」認知症のお年寄りに接するには、北風でなく太陽になってあげることです。

相続が本当の争いに発展してしまったら、互いが北風を吹きまくり、太陽など入る余地はありません。最後は弁護士が法律で処理するしかありません。相続が裁判になってしまったら、兄弟の縁は切れてしまい、勝っても負けても不幸になります。

が、本当の相続争いは少ないです。多くは自分達の努力で、まだ解決できる兄弟喧嘩のレベルです。相続で兄弟の縁を切らせないためにも、北風でなく太陽での対応が求められます。

全血兄弟・半血兄弟 野口レポートNo306

5年前にご主人を亡くし、子どもがなく一人暮らしの奥様が亡くなりました。第3順位の相続で奥様の兄弟姉妹が相続人となります。

3人が山口県、1人が佐賀県に住んでいます。末弟(Aさん)が上京し、葬儀や遺品整理など一切を済ませ山口に帰りました。遺産のマンション売却と相続手続きを一括してできるところを紹介してほしいと、葬儀社が頼まれ私を紹介してくれました。

Aさんはすでに山口に帰ってしまい、紹介されたあとは電話と郵便でのやり取りです。一度もお会いしたことはありませんが、私を信頼し全てをまかせてくれました。

相続人の確定をしてみると、父親は離婚し先妻に長男を託し再婚し、後妻との間に4人の子供がいます。被相続人を除き山口在住で両親を同じくする兄弟(全血兄弟)が3人、佐賀在住で父親のみを同じくする兄弟(半血兄弟)が1人、相続人は4人です。

半血兄弟の相続分は全血兄弟の1/2です。それでは各相続人の相続分を出してみましょう。①全血兄弟と半血兄弟全員の人型を書いてください。②全血兄弟の前に団子を2個置きます。③半血兄弟の前には団子を1個置きます。③全部の団子の数(7個)が分母になります。各相続人の前にある団子の数が分子となります。相続分は全血兄弟が2/7で、半血兄弟は1/7となります。

労の多かったAさんがマンションを取得し、費用を全て差し引き残ったお金は全員に各相続分で分配することを提案しました。

この種の相続は先妻の子と後妻の子の人間関係の良しあしが遺産分割に影響してきます。半血兄弟とは疎遠でほとんど付き合いがな  かったそうです。これは「まずいな」と思いました。

 「どこの馬の骨か分からない奴に任すことなどできるか」と言っていた半血兄弟の長男ですが、最後は誠意が通じ、心をひらいてくれました。そして奥様の相続は無事に終了しました。

ところがやっかいな問題が残りました。マンションは亡くなったご主人との共有になっています。まだ、相続手続きをしていません。この相続を処理しなければマンションは売却できません。

相続人はご主人の兄弟姉妹が6人で全員が北海道に住んでいます。ご主人が亡くなった瞬間に3/4が奥様に移っており、相続人は全部で10人です。奥様側の兄弟はAさんに譲り、相続分を放棄しましたが、ご主人側の兄弟は全員が相続分を主張してきました。

Aさんが共有持分を取得し、代償金をご主人の兄弟に払うことで話はまとまりました。あとはマンションを売却し一件落着です。

カモはスイスイと優雅です。が、外から見えぬ水面下では激しく足を動かしています。相続実務もさりげなく見えます。しかし、外から見えぬ水面下では多くのエネルギーを消耗します。

案件が無事完了した時は、近くのそば屋で充実感と疲れが混じった身を癒します。この時に一人飲むお酒の味は格別です。

相続と三尺箸 野口レポートNo305

「地獄でも極楽でも、食卓にはたっぷりのご馳走が用意されている。ただし、どちらの住人も、三尺(約90センチ)の箸を使って食べなければならない。地獄の住人は、先を争って長い箸で口に入れようとするが、届くはずもなく飢えてやせ細る。

極楽の住人を見れば、長い箸でご馳走をつまみ、向い合う人の口に、どうぞと食べさせている。互いに与え合い、楽しく満ち足りた心持ちで暮らしている。」三尺箸と呼ばれる仏教説話です。

◎この三尺箸を相続に置き換えてみました。

『食卓には親が残した、たっぷりのご馳走(遺産)が用意されている。相続人は、三尺の箸でこのご馳走を食べなければならない。

ある相続人は、親が残してくれたご馳走は「当たり前」だと思っている。感謝の気持ちなど全くない。先を争って長い箸で口に入れようとするが、届くはずもなく身も心も荒んでくる。

 ある相続人は、親が残してくれたご馳走は「ありがたい」と思っている。感謝の気持ちがあるから譲ることができる。

長い箸で他の相続人に、どうぞと食べさせてあげる。こちらが譲るから、相手もどうぞと食べさせてくれる。互いが譲り合うから、楽しく満ち足りた心持ちになり、幸せに暮らすことができる。』相続の三尺箸と呼んでいる野口説話です。

我欲で三尺箸を使ったら、相続人は幸せになれません。まして奪い合ったら、兄弟姉妹の縁は切れてしまいます。相続が原因で切れた縁は、元に戻ることはありません。

ところが、長い間切れていた兄弟姉妹の縁が、相続をきっかけとして元に戻ることが稀にあります。

父親が亡くなり長女(Aさん)から相続手続きの依頼を受けました。遺産は預貯金と自宅です。相続人は母親と子どもが4人です。

相続人の一人である弟は、30年間行方不明です。一人でも欠けたら相続の手続きはでません。疎遠になった原因は弟にあり、すでに兄弟姉妹達は縁を切っているとのことでした。

戸籍を追うと弟は広島にいることが判明しました。弟に相続人である旨の手紙を出しました。広島から電話が入りました。母親と同居し世話をしているAさんが遺産を相続することで、他の相続人とは、すでに合意していることを弟に伝えました。

 数回のやり取りのあと、弟は気持ちよくハンコを押してくれました。弟の対応を知ったAさんは、昔のことは忘れると言ってくれました。互いが、三尺箸を上手に使ったのです。

 相続手続きも終わり、Aさんに広島へお礼の電話を入れてくれるようお願いしました。弟はとてもよろこんでくれたそうです。Aさんは他の兄弟とも相談し、弟を父親の一周忌に呼ぶそうです。

不思議な力を感じることがあります。兄弟姉妹の縁が戻ったのも、亡き父親が導いてくれたような気がしてなりません。

2022年を迎えて 野口レポートNo304

新年明けましておめでとうございます。2021年はコロナに明けてコロナで暮れました。感染が下火になりホッとしたのもつかの間、新たなオミクロン株の脅威が迫ってきています。

飲食、旅行、集会、祭り、軒並みできなくなりました。仕事帰りの一杯など、ささやかな楽しみまで奪われ、ストレスも大いに溜まりました。ひたすら「耐え忍ぶ」そんな1年でもありました。

観光・旅館業や飲食業などコロナの影響は計り知れません。「酒を出してはならぬ」とのお達しは、飲食店や居酒屋には致命的でした。廃業に追い込まれたお店もあります。

8月には感染者数がピークに達し、入院できない人が続出し、自宅待機中に亡くなった人もいます。私達は「医療崩壊」の現実を初めて目の当たりにしました。精神的・肉体的に限界をこえ、泣きながら仕事をしている看護師の姿に衝撃をおぼえました。

いままで当たり前にできたことができない、当たり前と思っていたことが、実に有り難いことであるとコロナ禍が気付かせてくれました。このことはコロナが収束しても忘れてはなりません。

パズル(社会の仕組み)が、この超大型台風(コロナ)により、バラバラにされてしまいました。嵐が過ぎるのをじっと待っている人、すでに型を変え新な変化に備えている人など様々です。

コロナが収束しても以前と同じ世に戻るとは限りません。新たなパズルが組み上がったら、どんな絵が出てくるでしょうか、新しい仕組みや変化に対応できる心の準備が必要です。

毎月発行している「野口レポート」ですが、昨年は300号を発行することができました。25年間よく続けてこられたと思います。

相続は「法律、財産、人心」が、三つ巴に絡んでくる難しい分野です。物の本を見ても法律や税金ばかりで、相続で一番大切な「心の部分」を書いた本はありません。なら、自分が書いたらどうなるか、そんな発想からのスタートでした。

頑張って続けてきましたが、一度だけ挫折しそうになったことがあります。それは父親が急逝した時です。集中力が出てこないのです。気力を振り絞りやっとの思いで書きつなぎました。あそこでやめてしまったらこのレポートはなかったと思います。

感性の新鮮さを保つため、あえて書き溜めはしません、月1回の真剣勝負です。相続を生業とする人、目指す人、相続人となった人、生き方に悩んでいる人、レポートを読んで助けられたとのお手紙を頂戴することもあります。古いレポートを読み返し、新たな気付きがあったとお葉書もいただきます。レポートを通し知識以外に人として最も大切なものを感じとってくださればと思います。

「10年偉大なり、20年畏(おそ)るべし、30年歴史になる」継続は一歩一歩の積み重ねに他ありません。あと5年、歴史になるまでは書き続けたいと思っています。

相続ワンストップサービス 野口レポートNo303

人が亡くなると相続が開始します。やらねばならぬことが山積します。ほとんどは相続など初めての経験です。どこに相談すればよいのか、何から手をつけてよいのか分かりません。

なかには自分でやろうとする人もいます。相続に興味があり、それなりの知識もあり、時間に余裕のある人なら可能かもしれません。

しかし、相続人の確定、遺産分割協議書の作成、土地の相続税評価、相続税の算出、不動産の相続登記、10ケ月以内に相続税の申告納付、どれをとっても難度の高い作業です。自分で手をつけてもほとんど途中で行き詰まり、疲れ果てた顔で相談に見えます。

「ワンストップ」で対応しますので、安心してお任せください。この言葉と笑顔に相談者は一様に安堵の表情になります。

相続の処理に必要な、戸籍、登記簿、残高証明、評価証明、遺言検索証明、他もろもろ、集めるだけでひと仕事です。

遺言があっても内容がそぐわなければ、遺言を使わないで(全員が合意すれば可)遺産分割協議での財産分けを提案します。

相続税の申告は税理士を、未登記建物や測量は土地家屋調査士を、成年後見は行政書士を、公平な評価には不動産鑑定士を、相続争いに発展しているなら弁護士を、状況に応じネットワークから適材適所の専門職を選びコーディネートしていきます。

15年位前の話だったと思います。独身の二女が亡くなりました。すでに父母は他界し、兄弟姉妹が相続人となります。相続を含め不動産売却など、全てを同じところでワンストップで対応してほしいとの希望です。まだ「相続は税理士へ」との風潮がありました。が、税理士は相続の専門家ではありません。相続税の専門家です。ここを間違えないことです。当時の士業は多くが縦割りで仕事をしており、相続のワンストップサービスなどありません。

先ずは長男と長女に立ち会っていただき、不要な書類と必要な書類の仕分けです。素人にはこの区別はつきません。書類と荷物の整理が終わったら、遺品整理業者(質と費用に差があるので注意)に依頼し遺品の処分です。

遺産分割協議は円満かつ円滑に終わり、司法書士に相続登記を依頼し、マンションの売却です。駅近だったので仲介しすぐ売れました。不動産屋なのでこんな時は便利です。

税理士に相続税の申告を依頼し、あとは長男と各銀行を回って預貯金の解約です。最後の仕事はペットの猫ちゃんをどうするか、幸い親戚が引き取ってくれ、全てワンストップで完了しました。

後日、請求より多い金額が振り込まれました。すぐに電話を入れました。返ってきた返事は「私達の気持ちです。」でした。報酬はもらうのではなく、払わねばと思ってもらえる仕事をすることです。

ただし、士業以外の者が相続の実務でお金を稼ぐのは甘くありません。仕事へのゆるがぬ信念と、人一倍の努力が必要です。

遺言必須 野口レポートNo302

子供がいないから、財産は全て配偶者にいくと思い込んでいる夫婦のなんと多いことか。とんでもない間違いで、夫(妻)が遺言を作ってなかったら妻(夫)は辛い思いをします。

夫が亡くなり、子供がなく父母等の直系尊属も他界していたら、妻と夫の兄弟姉妹が相続人となります。兄弟姉妹が亡くなっていたら、甥・姪が一代限りで代襲相続人となります。妻はこの義兄弟姉妹と夫の遺産分割の話し合いをしなければなりません。

Bさん夫婦がいます。子供がいません。Bさんは妻より10歳年上です。年上の自分が先に亡くなると思い、世話になってきた感謝の証として、自分の預貯金を全て妻の通帳に移しました。

生計一ですから、互いが自由に使え特に問題はありません。が、予期せぬことに妻が先に亡くなってしまいました。

預貯金は凍結され、生活費も下ろせません。相続人はBさんと妻の兄弟姉妹です。銀行に「これは自分のお金だ!」と言ってもそんな話は通用しません。Bさんは途方にくれています。

何代も続いてきた旧家があります。「栄枯盛衰」栄える時もありますが、衰えてしまう時もあります。道楽者が出たためにこの旧家もすっかり衰え昔の面影はありません。母親はすでに他界し父親が残った自宅で一人暮らしをしています。

高齢の父親は寝たきりとなり介護が必要となりました。隣に住んでいるAさん(長男)夫婦が在宅介護をすることになりました。

介護は、食事や下の世話など心身ともに大きな負担を強いられます。実際に経験した人でなければその苦労は分かりません。

そして3年後に父親は亡くなりました。Aさんの依頼でこの相続案件を引き受けました。相続人はAさんと5人の姉達です。

弟夫婦に介護を押しつけ、親の世話を一切しなかった姉達は全員が法定相続分を主張してきました。介護をしてくれた弟夫婦へ「ありがとう」の感謝の言葉もありません。

それどころか自宅を売却しお金に換えろと言ってきました。Aさんは旧家としての面子もあり、せめて3回忌が終わるまで売るのは待ってほしいと嘆願しました。が、姉達は聞く耳を持ちません。

Aさん夫婦には子供がいません。Aさんは自分が亡くなったら、全財産は妻へ行くと信じて疑っていませんでした。

今回の相続で姉達の正体は見えました。もしAさんが亡くなったら権利を主張してくるでしょう。5人のしたたかな義姉達に奥様はとても太刀打ちできません。遺産分割協議は理不尽な内容で合意させられてしまう可能性があります。

「絶対に遺言が必要だ!」とAさんを説得しました。すぐ資料を揃えAさんと公証役場に出向き、公正証書遺言を作成してもらいました。姉達に遺留分の権利はありません、これで奥様は安心です。遺言必須の典型的な事例でした。

遺産分割は法定相続分の時代へ 野口レポートNo301

民法では相続人になれる人と相続分が決められています。法律で決まっているのなら、法律通りに確定してしまえば済む話です。相続争いなど発生する余地はありません。

ところが遺産分割協議で相続人全員が法定相続分で合意する必要があります。また相続人全員が合意したならば、どんな分け方をしても有効となるからやっかいです。

遺産分割協議が成立しなければ、家庭裁判所へ調停申し立てをします。調停が不成立となれば審判(裁判)に移ります。

審判官(裁判官)は、全ての事情を総合的に考慮し判決を出しますが、法律で決まっている法定相続分を変えることはできません。

父親が亡くなりました。相続人は母親を看取り父親を介護した長男、借金(ギャンブル)の肩代わりをしてもらい、勘当状態になっている二男、嫁いでいる長女の3人です。

49日の法要も終わり、次は遺産分割協議です。疎遠であった二男がこの時ばかりとやってきました。長男は両親の世話や介護への寄与と、本家としての墓守や親戚付き合いを考慮し、本家に厚めの分割案を提案しました。長女は兄の提案にしたがいました。親の見舞いにもこない、葬儀にもこなかった二男が法定相続分(1/3)を主張し譲りません。遺言がなかったことが悔やまれます。

遺産分割協議はまとまらず、家庭裁判所の調停から審判に移りました。通常の親の介護では長男の相続分を増やすことはできません。見舞いや葬儀にもこなかったと、二男の相続分を減らすこともできません。常識と法律は違います。そして常識は法律に勝てません。長男には不本意ですが二男の法定相続分は確定するでしょう。

何代も続いてきた旧家なら、家督相続思考が文化として残っており、本家以外が法定相続分を主張することはまずありません。が、普通の家庭では、揉めるのはいやだし、相続は平等だから法定相続分との言葉が、違和感なく出てくるようになりました。

1980年頃、「新人類」と言う言葉が流行りました。従来とは異なった感性や価値観、行動規範を持った若者のことです。

その若者達も親が亡くなり、相続人の立場になる歳になりました。異なった感性や価値観、行動規範を持った相続人の出現です。この年代は権利意識が強く、義務をはたさなくても権利だけはしっかりと主張してきます。

審判官ですらできない、法定相続分を変えられる人が一人だけいます。それは被相続人となる人です。方法は遺言です。法定相続は平等相続です。平等のなかに不平等(公平)を持ち込むのは遺言にしかできません。近年、遺産分割は法定相続分との考えが増えてきています。法定相続が当たり前の時代がくるかもしれません。

法定相続は平等ですが公平とは限りません。これからは相続で公平を保つ唯一の方法である遺言の必要性が増してきます。

正義と腹八分目 野口レポートNo300

「腹八分に医者いらず」満腹まで食べず、八分目、七分目ぐらいにしておくと、健康を保ち医者の世話にならないとの話です。

腕に違和感をおぼえました。見ると一匹の蚊がとまっています。腹いっぱい血を吸ったとみえ、まるまると膨らんでいます。重くて飛ぶことができません。ポトリと下に落ちつぶされてしまいました。満腹でなく腹八分目にしておけば助かったものを……。

相続問題や借地借家問題は話がこじれてしまうと、弁護士に依頼し法律で裁かなければ解決できない場合があります。弁護士にお客様を紹介するときは次のことを考えます。

◎飛び込みや、知らない人には地域の弁護士会の電話番号を教えてあげます。パートナーの弁護士は私を信用し、どんな案件でも断わらずに引き受けてくれます。人を紹介することは自分が保証していることを意味します。案件とお客様をよく吟味し紹介します。

◎依頼者側に正義があるのか、弁護士を紹介する前に一番大切なことは、ここを見極めることだと思っています。

◎丸投げをしない。弁護士は法律のプロ中のプロです。依頼者は素人です。どうしても段差が生じます。面談の時は必ず同席しサポートします。依頼者も安心し話が円滑に進み、弁護士も仕事がやりやすくなります。結果として依頼者の利益につながります。

依頼者側に正義があるか、満腹でなく腹八分目でよしとできるか、ここは大事なところです。あとは長年の経験と雰囲気で勝てるかどうか分かります。敗戦処理は別として、ここを判断し弁護士に紹介すれば依頼者が勝利する確率は高いでしょう。

飲食店を35年続けているAさん夫婦がいます。夫婦も高齢となりました。建物も老朽化してきており、家主は建替えを考えています。建築会社の営業マンが来て立退きを迫られました。

相手は立退きのプロです。夜討ち朝駆けで迫ってきます。夫婦は精神的に追い込まれ相談に見えました。素人のAさんでは対応は無理です。弁護士にお願いするのがベストと判断しました。お客様を弁護士に紹介した時は、丸投げでなく最後までサポートします。

Aさんは35年間一度も家賃を滞納したことはありません。家主には立退きの「正当事由」がありません。正義はAさんにあります。夫婦は私のアドバイスを聞いてくださり、立退料も腹七分目でよしとし短期間に立退きを合意することができました。

それから2年が過ぎコロナ禍です。飲食店は時短を強いられお酒の提供もできません。立退料を満額取ろうと欲を出し、営業を続けていたら、コロナで廃業せざるをえなかったと思います。借主から賃貸借契約の解除を申し出たら一銭も要求できません。

正義はAさんにあったこと、早い決断と腹七分目でよしとしたことが勝因でした。コロナになる前でよかったです。立退料はAさん夫婦にとって老後の貴重な糧となるでしょう。

ちょっと待った!その賃貸併用住宅 野口レポートNo299

借金をしてアパートを建てると相続対策になると多くの人は思っています。たしかに1億円の借金をしたなら、資産から1億円が債務控除されます。これで相続税が安くなると誤解してしまいます。

借金は返済しなければなりません。ひとくちに35年といっても気が遠くなる時間です。相続税が安くなったと錯覚しますが、相続税が借金と入れ替わったことに気がつく人はいるでしょうか。

借金しても相続税を減らす節税効果は生じません。仮に、資産が2億円で負債が0円とします。2億円―0円=2億円(課税価格)です。この課税価格に対し相続税が課税されます。

銀行から1億円の借金をします。手元にあるうちは資産が1億円増えます。が、借金も1億円あるので、資産と負債が行って来いで借金しても課税価格は変わらず相続税も変わりません。

ならば、借金で得た1億円でアパートを建てたならどうなるか、建築費1億円のアパートの相続税評価額は約70%です。さらに借家権割合が減額され、約5,000万円の評価となります。1億円の借金に対し、資産は5,000万円しか増えません。この差に節税効果が生じます。相続税が安くなるのは借金ではなく、借金で得た現金でアパートを建てるからです。借金しないで手持ち資金でアパートを建てれば、シンプルで確実な相続税対策になるでしょう。

築する建物を区分所有登記にしたいと、顔見知りのAさんが相談に見えました。この登記のメリット・デメリットを話しました。

Aさんの賃貸併用住宅の事業プランを聞いて耳を疑いました。

◎1階フロアが自宅部分(自分達の居住エリア) ◎2階3階が賃貸部分で4室(1室賃料12万円) ◎キャシュフロー(返済後の手取り)10万円 ◎建築費8,000万円、全額借入35年返済。

あまりにも無謀な事業計画です。手漕ぎボートに家族全員を乗せ外洋に出ていくようなもので、転覆したら万事休すです。

新築物件なので取りあえず満室になるでしょう。が、新築の雰囲気など5年がいいところです。キャシュフローが10万円しかありません。もし、1室でも空室が発生したら「持ち出し」です。2室空いたらさらに持ち出しです。手持資金が底をついたら返済不能、銀行に抵当権を実行(競売)され自宅まで失うことになります。

相手は建てることしか考えていません。途中で行き詰まっても助けてくれません。最後は全て自己責任です。

冷静に考えれば賃貸併用住宅の居住部分は、生涯において空室をかかえるのと同じです。仮に全部が賃貸だとしても、全額借入35年返済のアパート経営など綱渡りをするようなものです。

その気になっていたAさんですが、私の話を聞いて冷静さを取り戻し、家族会議をひらきこの事業計画を白紙に戻しました。

 登記の相談に見えたおかげで間一髪セーフ、Aさんと家族の人生を守ることができました。