法律と財産を頭から外す 野口レポートNo321

相続の実務でいつも心がけていることがあります。一度「法律と財産を頭から外し、相続人の幸せを心から考えてみる」ことです。

すると本質が見え目的がはっきりしてきます。

以前扱った案件です。知人の紹介でAさんが相談に見えました。Aさんは45歳独身の女性で父親と同居しています。

父親が亡くなりました。遺産は30坪ほどの自宅土地建物です。相続人は母親とAさんの2人です。母親は認知症で施設に入っています。10か月以内に相続手続きをしなければならないと言われ、どこへ誰に相談したらよいのか分からず、毎日悩んでいたそうです。遺産分割に法律上の期限や時効はありません。Aさんは相続税の申告と相続手続きを混同していると思われます。

多くの相談者は自分の目的が分かっていません。話を十分傾聴しこの問題の本質がどこにあるのかをつかみます。Aさんの目的は相続の手続きではなく、自宅に住み続けられることだと分かりました。遺産も相続税基礎控除以下なので申告の必要はありません。

相続問題の本質が分かれば方向が決まり、何をすればよいのか何をしなければならないかが明確になります。

Aさんの目的は、「この家に住み続ける」ことです。私の答えは「このまま何もしないで放っておきましょう」でした。

母親には意思能力がありません。法律は成年後見人をつけた遺産分割を求めています。母親を成年被後見人にしてしまうと、母親の財布は家族の手から離れ何をするにも後見人です。そして一度成年被後見人にしてしまうと生涯外すことができません。職業後見人を頼めば、報酬を払い続けなければなりません。

何もしなければ父親の遺産は、母親とAさんの遺産未分割共有状態になります。が、Aさんが自宅に住み続ける分には何の支障もありません。何もしなくても目的は十分達成できるのです。

いずれ母親が亡くなれば相続人はAさん1人です。ここで父親と母親の相続手続きを一緒にし、自宅の名義を自分に移せば済むことです。このアドバイスでAさんは安どの表情で帰られました。

318号で紹介した地主の息子に嫁いだBさんにしてもしかりです。法律と財産を頭から外し、相続人の幸せは何かと心から考えた時「財産でなく自分の幸せを取りましょう」この答えが出てきます。法律と財産が頭のなかに残っているうちは本質は見えてきません。

相続アドバイザーは目的(本質)をつかみ、相続人を幸せの道へ案内する相続の実務家です。

今まで多くの相続にかかわってきました。相続は幸せになってナンボです。私の相続に対する思いはたったひとつ「残されたすべての人を幸せにする相続」であってほしいのです。

この目的は微塵もブレたことはありません。明確な目的をもって、残りの人生を生きている自分に幸せを感じます。

遺言の検認と検索 野口レポートNo320

遺言には大きく分けると、「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2種類があります。自筆証書遺言は、家庭裁判所の「検認」を受け、遺言に「検認証明書」を添付しなければ、銀行預金の解約や不動産などの相続手続が一切できません。

検認は遺言が有効か無効かを判断するものではなく証拠保全作業です。相続人全員が家庭裁判所の審判廷に呼ばれ(出欠は自由)相続人の前で開封されます。

公正証書遺言は、法律の専門家が作成するので法的不備はありません。原本は遺言者が115才位になるまで公証役場で保管してくれます。ゆえに改ざん、紛失、焼失の心配はありません。

公正証書遺言には、「検索制度」があります。平成元年以後に作成した遺言なら、相続開始後に相続人もしくは代理人が近くの公証役場へ出向き検索をかければ、全国どこの公証役場で作成した遺言でも一覧表で出できます。相続人が請求すれば再発行も可能です。

◎Aさん家族は某団体に属しています。Aさんはこの団体に馴染まず、成人したのを機に脱会しました。それが原因で家族からは村八分にされています。いつもながらこの種の問題の根の深さを感じずにはいられません。弟がすべてを仕切り、何をするにもAさんは蚊帳の外です。そんな仕打ちに耐えてきました。

父親が亡くなりました。弟に何度連絡しても取りあってくれません。遺産を把握するため不動産登記簿謄本を取りました。収益物件はすでに相続開始後に弟の名前で登記がされていました。Aさんは遺産分割協議書に判子を押した覚えはありません。

公正証書遺言があれば登記が可能です。検索をかけてみました。平成19年作成が1本、亡くなる5年前に作成したものが1本ありました。遺言が複数ある場合は日付の新しいものが有効です。

内容はひどいものでした。弟が収益不動産や預貯金など美味しいところを独り占めし、羽振りのよかった父親が、当時買いあさったリゾートの土地(複数)を全部Aさんに押しつけています。

これらの土地は流通するような物件ではありません。周りの土地も多くが売りに出ています。が、成約した物件は1件もありません。これは「資産」ではなく「負債」です。俗に言う「負動産」です。

弟はいいとこ取りを決め込んで、何をしても何を言っても音沙汰なし、相続税の申告もできません。このような相続人は一番始末が悪いです。ここは弁護士にお願いすることにしました。

この案件の懸念は、子のいないAさんが亡くなり、次に奥様が亡くなったら、多くの「負動産」が奥様の兄弟姉妹や甥姪に渡ってしまう可能性があります。これをどうするか、これからの課題です。

Aさんはセミナーで私の話を聴いて感銘してくれました。それがご縁で知りあいました。素朴で素直な人です。できることはやってあげたい、そんな気持ちで取り組んでいます。

相続人を幸せの道へ案内する 野口レポートNo319

野口塾の塾生に司法書士の中島 誠さんがいます。円満相続を目指し、相続人の幸せのため日々奮闘しています。修羅場もくぐってきました。熱い心を持った志を同じくする仲間です。

以下は中島さんの言葉です。

「相続問題は法律、金銭、生活、心が複雑に絡み合っています。

相続アドバイザーは相続人の幸せを求めて複雑な問題に取り組みます。相続アドバイザーに求められるものは、専門知識は勿論の事、高い人格が求められます。高い人格は汗(苦労)を正しく消化した者のみが具わる格だと考えます。

高い人格を備えた相続アドバイザーだからこそ、相続人の複雑に絡み合った心を解きほぐし、専門知識を知恵に変えて法律、金銭、生活の問題を解決し、相続人を幸せの道へ案内することができるのではないでしょうか。」

私の好きな言葉です。相続アドバイザーとして仕事の本質を語っています。この言葉は塾生が共有できるよう、野口塾のセミナールームに飾ってあります。気持ちがブレそうになった時など、これを読んで心を引き締めています。

相続人の経済的利益だけでなく、精神的利益をも守って差し上げることができる「立ち位置」にいるのが相続アドバイザーです。

◎高齢のAさんから相談を受けました。平成20年の相続の話です。士業の「ボタンの掛け違い」が原因で、問題がこじれてしまい、今日まできてしまいました。Aさんは15年間この相続問題が頭から離れず気を病んでいました。

今までの経緯や状況からして、弁護士に依頼し対応してもらうのがベストであると判断しました。

Aさんの譲る心と、家族の協力、弁護士先生方の尽力が功を奏し、調停も無事に成立し、15年間塩づけだった相続問題がようやく解決し、Aさんも安堵されたことと思います。

◎地主の息子に嫁いできたBさんからの相談です。Bさん夫婦には子がいません。夫が50代の若さで急逝しました。相続人は配偶者のBさんと夫の母親です。「先の相続(父親)で弟が取得した不動産は母親に相続させなさい。」と義姉が口を出してきました。Bさんは法律相談を渡り歩き、憔悴しきった顔で私のところへみえました。「うつ」の扉を開き、すでに片足を突っ込んでいる状態です。

3時間話を傾聴し、心の内を全部吐き出してもらいました。私の答えは「財産でなく自分の幸せを取りましょう」でした。Bさんは当時48才です。大事なことに気付き号泣し我に返りました。

いくら財産を取得しても、その後の人生を「明るく 楽しく 健康」で過ごせなければ相続の意味がありません。吹っ切れたBさんは先ほどとは別人の顔をして帰りました。ふたつの小さな相続案件でしたが、相続人を幸せの道へ案内することができました。

相続放棄あれこれ 野口レポートNo318

Aさんから相談を受けました。30年以上も音信がなく行方不明だった兄が、地方の工事現場の宿舎で孤独死し、警察から連絡がありました。いくら行方不明だったとはいえ血のつながった兄弟です。現地で供養しお骨を持って帰ってきました。

ここまではよかったのですが、しばらくしてから、兄の友人であるとか、仕事仲間であるとか、わけの分からない人達から、お金を貸してあるから返してほしい、売掛金があるから払ってほしいなど連日電話が入り、奥さんも精神的にまいっています。

兄は独身で子供もおりません。両親など直系尊属もすでに他界しているので、第3順位の相続となり、相続人は弟であるAさんと三男の2人になります。相続人は全ての権利と義務を承継します。

状況からすると他にも隠れた借金や債務がある可能性があります。

マチ金などプロの金貸しは、相続放棄ができる3ケ月以内は請求してきません。このままでは幸せだった家庭が揺らぎます。司法書士につなぎ2人の相続放棄を家庭裁判所に申述し受理されました。

俺は「財産いらないよ」と、遺産分割協議書に署名押印をして、相続を放棄したと思っている人がいます。これはゼロの財産を相続したことになり、相続人の地位は残ります。借金や保証債務があれば法定相続分で相続してしまうので注意が必要です。

借金や連帯保証などの債務は法定相続分で相続するのが原則です。被相続人が借金3,000万円(アパートの借入)と、知人の3,000万円の連帯保証人になっていて、子ども3人が相続人ならば、1人につき1,000万円の借金と、1,000万円の連帯保証を引き継ぎます。ただし銀行が特定の相続人(アパートを相続した人)が、単独でこの借金を引き継ぐ「免責的債務引受」を承諾してくれたなら、借金は他の相続人に及びません。

相続放棄は相続人であると知った時から3ケ月以内(期間伸長の手続きで伸ばすこともできる)に家庭裁判所に申述し受理され初めて成立します。また一度受理されたら取り消せません。 

被相続人の財産に手をつけてしまったら相続放棄はできません。また生前に相続放棄すると約定を交わし、関係者全員が実印を押印し印鑑証明を添付していても生前の相続放棄は無効です。

夫婦は離婚することで元夫や元妻の相続人にはなりません。養子も離縁することで相続人になりません。が、血のつながる実子は縁が切れません。夫の借金やギャンブルが原因で、子連れで離婚した妻も相続放棄の知識は知っておく必要があるでしょう。

相続放棄し相続人不存在になったからと言って、それで終わりとは限りません。状況によっては放棄した財産に不動産などがあれば、従前と同じ管理責任が残ります。国庫に帰属させるにはそれなりの手続きと費用がかかります。財産構成にもよりますが放棄を考えているならば、専門家と協議することが必要です。

SA養成講座第1講座 野口レポートNo317

昨年の12月まで講師をしていた相続アドバイザー養成講座の第1講座(相続は心のコンサルティング)レジュメの抜粋です。

【資格と人格は車の両輪】 

資格⇒学ぶことで得られる 人格⇒気付くことで得られる アドバイザーは学歴が大切、ここでの学歴は学校歴ではない、相続に対しどれだけ学んできたか、これからも学ぶことができるかである。

 【均分相続は平等相続である】

平等は公平にあらず、お年玉に例えると、小学生1万円、中学生1万円、高校生1万円⇒平等。小学生3千円、中学生5千円、高校生1万円⇒公平。公平のバランスを保つには遺言が必要。

 【アドバイザーには二つのセンスが必要】

①相続案件の本質を見抜く目と心を持つ、法律や財産を一度頭から外し相続人の幸せを心から考えると本質が見えてくる。

②先ずは人間として接すること、次に専門家として接すること、専門家として、専門性への信頼だけでは足らず、人間への信頼も伴って初めて依頼者から頼られる。

【法律と常識は一致するとは限らない】

法律と常識は一致するとは限らない、そして常識は法律には勝てない、ところが多くのもめ事や問題は常識のなかで生じている。

【解決者でなく先ずは理解者となる】

相談者は悩むとき、理解者の存在を求めている。理解者として話を傾聴し、本質が見えたなら解決者として問題の解決を考えていく。

【顔は笑顔で心は真剣勝負】

アドバイザーが相談者と同じ顔をしてはいけない、相手が悩み苦しみ憔悴している時もある、だからこそアドバイザーは穏やかな笑顔で接することが大切である、顔は笑顔でも心は常に真剣勝負である。

【相続争いなのか兄弟喧嘩なのかを見極める】

多くは兄弟喧嘩のレベルで本当の相続争いはそんなにあるもではない、相続争いなら迷わず弁護士へ、兄弟喧嘩ならアドバイザーが上手にサポートすれば、まだ自分達の努力で解決できる段階である。

【相続争いをする相続人の共通点】

①親の財産をもらうのは当たり前だと思っている ②感謝の気持ちがない ③自分の幸せに気付いていない。

【相続は子育ての集大成】

子が相続争いをしたならば親の子育ての失敗である。感謝できる子、譲れる子に育てたら、それは親が残した何にも勝る財産である。

◎引き際は大切にしたいと、ダイジェスト版を残しSA養成講座第1講座の講師を降りることにしました。第1期から第54期まで、受講生には「アドバイザーとしての心構え」そして「心の相続」を余すことなく伝えることができ、悔いのない22年間でした。話を聴いてくださった多くの受講生に感謝申し上げます。

野口塾は最強のネットワーク 野口レポートNo316

相続「野口塾」を立ち上げたのは平成13年でした。最初は、内藤 雄さん、西川博章さん、中條 尚さん、私と息子を含め5人でのスタートでした。奇しくも5人のイニシャルはNでした。

当時は現在のようなセミナールームもなく、狭い事務所に机をならべての寺子屋状態でした。私が学んだ専門学校の相続実務テキストを使っての勉強でした。教える方も教わる方も真剣です。

勉強が終わったあとは、近くのそば屋で一杯飲みながら相続を熱く語りあったのが、なつかしく思い出されます。

このような塾を立ち上げたきっかけは、何とも肌寒い相続の現状を目のあたりにしたからです。 ◎借金をして賃貸物件を建てることが最善の相続対策であると思い込んでいる人 ◎税理士の選択を誤り不適切な土地評価で相続税を払い過ぎてしまう人 ◎簡単にできた法務対策を怠ってしまい、何倍もの苦労を強いられている人 ◎相続を争族にしてしまい兄弟の縁を切ってしまう人、本来は幸せになるべき相続で不幸になってしまう人のなんと多いことか。

相続はほとんどの人が初めて経験します。素人にはどこへ行ったらよいのか、誰に相談すればよいのか、右も左もわかりません。そういう人に自分が行ってお手伝いをしたい。が、身体はひとつしかない、そんな時ひらめきがありました。

そうだ! 自分が学んできたもの、経験してきたもの、心の在り方など全てを伝え、自分の分身をつくろう、その人たちが相続で困っている人たちを助けてくれる。さらにまた人を育ててくれる。そんな想いが野口塾立ち上げの根源となりました。

立ち上げから21年が過ぎ、現在では、税理士3人、弁護士5人、司法書士7人、不動産鑑定士1人、不動産コンサルタント2人、行政書士3人、土地家屋調査士2人、社会保険労務士2人、中小企業診断士1人、社会福祉士3人、精神保健福祉士2人、介護支援専門員1人、老人ホーム役員1人、総勢30人を超える塾生を擁する相続実務家集団へと進化しました。

専門知識だけでなく、資格に見合った人格の形成を目指し共に学び共に教えています。気心の知れた塾生は最強のネットワークです。

資格で飯が食える時代は終わりました。法律や金銭に人の心が複雑に絡んでくる相続は、知識や技術だけではできません。相続人の心をコンサルティングできる高い人格が求められます。

野口塾で切磋琢磨し、技と心を磨いた塾生が相続人の精神的利益をも守ることのできる真の実務家として、相続で不幸になってしまう人を1人でも減らし、誰からも尊敬される人間に成長してくれたなら、塾長としてうれしいかぎりです。

コロナ禍で休会し、3年になってしまいました。学んだあとの懇親会も、情報交換やコミュニケーションの場として実に有意義で楽しい時間です。早く再開できることを待ち望んでいます。

振り子の原理 野口レポートNo314

金太郎飴はどこを切っても同じ顔が出てきます。嘘をつかず、見栄をはらず、背伸びをせず、ブレることもなく、有りのまま正直に生きていく、一番楽チンな生き方かも知れません。

50歳を機に人生の後半を、相続一筋に一生懸命歩んできました。今でこそ相続では名を知られていますが、転業当初は元GSマンのイメージが強く、あまり相手にしてもらえませんでした。

ワンストップサービスを看板に、これまでに数多くの相続を丁寧に手掛けてきました。お蔭で多くのお客様から感謝されています。

相続は人生のなかで避けて通れません。遺産分割の話しあいで一歩譲った人は、その後に運とツキに恵まれ幸せになります。欲得を通しうばった人は、その後に大事なものを失います。この不思議な事実が「振り子の原理」であると知りました。

「入ったものは出る、出たものは入る」「取れば取られる、与えれば与えられる」「降った雨は水蒸気となり天へ帰り、雲となって再び地表に降り注ぐ」「潮は干満する」「吐く息があれば吸う息がある」

右に振られた振り子の錘は必ず左に振り返します。物事はこの振り子のように、相反する2つの方向に動いていて発する方と還る方に連動しています。これが「振り子の原理」です。原理とは一定の条件の下でいつも変わらず成立する関係です。

その昔エリートたちが競って就職した銀行や証券会社は、栄華をきわめました。が、儲けることばかりを考えていると、いつかは衰退し朽ち果てます。栄枯盛衰も「振り子の原理」です。

バブル期、玄人や素人までが入り乱れ、株や土地投機、儲かった!泡よろこびもつかの間、バブル崩壊でアッという間に無一文です。株や土地を恨んでもしかたありません。すべて自己責任です。

相続は恨み辛みが出る最たるものです。恨み辛みはどこかで断ち切らねばエンドレスとなり延々と続きます。

ある相続で隣接地主に協力を求めにいくと、奥様から「お父さんの恨みは私が相続します」と拒否されました。ご主人が生前に境界問題で辛い思いをさせられたそうです。恨みは連鎖し元に還ります。

江戸時代には親の恨みをはらす仇討ちが「仇討免許状」のもと、公然と認められていました。しかし、仇討の仇討は恨みの連鎖を防ぐため禁じられていました。

人を恨んでいたり、嘘をついたり、騙したり、不幸を与えたりすれば、必ずやどこかで我が身に還ってきます。

「うばいあえば足らぬ わけあえばあまる うばいあえば憎しみ

わけあえば安らぎ」この言葉(相田みつを)は、正に「振り子の原理」ではないでしょうか。

遺産はご先祖様や親が苦労し残してくれたものです。うばいあえば一族の不幸せ、しいては国の力を弱めます。感謝の気持ちと譲る心を持って臨むなら相続人は皆幸せになるでしょう。

幸せは気付くもの 野口レポートNo311

海の中に住む魚は「海」がわからない。幸せの中に住む人は「幸せ」がわからない。幸せは「手にいれるもの」でなく「感じるもの」「気付くもの」 ―小林正観さんの言葉です―

ある母親と息子がいます。小学生の息子は小児麻痺と思われる障害があります。母親が息子の手をひいて、私の事務所の前を通り近くにある養護施設のバス停まで送り、夕方には迎えにいきます。

前職のGS跡地に今の事務所があります。この親子の姿はGS時代から長年にわたり見てきました。

年月が過ぎていけば母親は歳をとり、息子も大人になります。白髪になった母親は杖をつきながら、気丈に息子の手をひき送り迎えを続けています。

ある日、すっかり老いた母親の手を不自由な身体の息子が、一生懸命ひいている姿を見て不覚にも涙が出てしまいました。

ここ数年この親子の姿は見かけません。きっと母親は亡くなり、息子はどこかの施設に入ったのだと思います。

私は昭和21年の生まれです。昭和20年代は物のない貧しい時代でした。衣服は、兄や姉のお下がりがあたりまえ、食卓も質素で玉子など病気にでもならなければ食べられません。遠足の朝、母親がそっとリュックに入れてくれた1本のバナナの味は忘れません。

いやな顔ひとつせず「物乞いのおじさん」の差し出す茶わんに、飯を盛り味噌汁をかけてあげている母親、大黒柱の父親、親の後ろ姿は子どもにとって最高の教育でした。勉強も強いられることはありません。貧しくとも心豊な幸せな時代でした。

今の子どもはかわいそうです。やれ塾へ通え、やれ勉強をしろ、あの子に負けるな、親の欲は尽きるところを知りません。

もし、タイムマシンがあったなら皆で乗ってみましょう。いじめっ子から弟を守ってくれているお兄ちゃんがいます。おいてきぼりで、ベソをかいている妹がいます。裸電球の下、笑顔で食卓をかこんでいる家族と、仲の良い兄弟姉妹の姿があります。

子どもの頃はこんなに仲が良かったんですよ。昔を思い出し感謝の気持ちと譲る心を持って相続を受け入れましょう。

もう少し時代をさかのぼってみます。額に汗し朝から晩まで野良仕事、薄暗いランプの下で遅くまで夜なべ仕事、ご先祖様の尊い姿ですよ。苦労し残してくださった財産です。多い少ないなどと子孫が争ったら罰があたります。

お母さん、お父さんも、タイムスリップしてください。生まれた赤ちゃんを囲み、満面に笑みを浮かべている人がいます。自分たちの姿ですよ。五体満足の赤ちゃん、それだけで十分のはずです。

不平不満、グチ・泣きごと、悪口・文句が言いたくなったなら、「幸せの中に住む人は「幸せ」がわからない」この言葉を思い出してください。「幸せに気付かない」不幸せな自分に気付きます。

節税対策に振り回されるな 野口レポートNo310

この時期になると御中元が届きます。「いい人に出会いました」「助かりました」「ありがとうございます」と、お客様に心から感謝され頂戴する。これが相続実務での中元歳暮です。

毎年Aさんから中元歳暮が届きます。都度礼状は出しますが、名前に覚えがありません、もう15年も続いています。念のため15年前の相談票をチェックしてみました。

Aさんの名前がありました。奥様が私のセミナーを聴いて相談に見えたとあります。銀行筋から相続税節税対策として賃貸マンションの建築を提案され、ご主人は乗り気になっているとのことです。

駅からバス便で15分のところです。手持ち資金はありません。35年返済の全額借入です。賃貸経営は、1に立地、2に立地、そして大家でなく経営者としての感覚を持つことです。

どう考えても立地が悪い、実行してしまったら多額の借金が残った「負動産」を子が相続することになります。

近隣の賃貸市場をわかりやすく説明し、冷静期間をおくことをアドバイスしました。当初から不安を抱いていた奥様ですが、私の話を聞いて断る決心をし、ご主人を説得し事なきを得ました。

このアドバイスのおかげで「家族が救われた」との思いと、日増しに募る「感謝の気持ち」が毎年届く中元歳暮だったのです。

ここで誤解をしないでほしいのは、「借金して賃貸建物を建てるな」と言っているのではありません。土地の有効活用は必要です。大事なことは身の丈にあった借金やプランのもと、確実なキャシュフロー(手取り)を見据えた土地活用です。

ある相談を受けました。某筋から節税対策になるからと、古アパートを取りこわし、賃貸マンションの建築を提案されています。

規模と建築費との効率や、資金があるとはいえ、借金の額に不安があります。また将来の相続で共有になる可能性があります。

次の提案をしました。 ①アパートの敷地を4宅地に分筆する(土地の相続税評価が下がる) ②戸建て賃貸住宅を4棟建てる(建築費が安くメンテナンスの負担も少ない) ③各棟が独立している(遺産分割がしやすい) ④身の丈に合った借金である(返済が早く終わる)

借金の抜けた物件は「カネのなる木」になります。手元には現金が残り、納税資金や遺産分割の原資になるでしょう。

土地の有効活用は必要です。しかし、安易な節税対策での借金や土地活用に、自分や子供達の大切な人生が振り回されてしまったら本末転倒です。一番大切なことは、その人の人生そのものです。その人生に役立つ対策であってこそはじめて意味があります。

相続にしてもしかりです。たとえ少なくとも頂いた財産に感謝し、自分の人生観や価値観にもとづき心にゆとりある人生を楽しみ、そのすがた(相)を次の世代に伝(続)えていく、こうした考え方こそが本来の相続の姿ではないでしょうか。

勘定と感情の借地問題 野口レポートNo309

借地人「ここに住まなくなったので、借地権を買い取ってくれませんか。」 地主「買えだと、とんでもんない。使わなければ無償で返すのが当たりまえだろう。」 借地人「ならば仕方ありません。他の人に売ります。」 地主「売れるものなら売ってみろ、裁判でも何でもやってやろうじゃないか。」 地主と借地人がこんなやりとりをしたあと、借地人が私のところへ相談に見えました。

旧法借地権が複雑なのは度重なる改正で、本来は債権である土地賃借権を、物権である所有権に限りなく近づけてしまったことにあります。日本で唯一、借りたものを返さなくていい法律です。

借地権の譲渡や家の建替えは、地主の承諾が得られなければ、借地非訟手続きで裁判所が代諾許可を出してくれます。だが、地主と揉めている借地権をあえて買う人がいるかどうかは疑問です。

また、買主が銀行から融資を受けるには地主のハンコが必要となります。揉めていたらハンコなど押す地主はいません。代諾許可での借地権譲渡は現実には難しいものがあります。

借地人からの相談を受け、取りあえず地主のところへ行きました。地主は借地人に対し怒り心頭です。他でも裁判をしており、「裁判は自分の生きがいだ」と言っています。銭勘定に人の感情が絡んでくる借地問題は相続問題とよく似ています。

そんな折、ある住宅メーカーが提案してきました。借地権を買い取りたいとのことでした。裁判所の代諾許可を取り、投資家からお金を集め、アパートを建て家賃収入を配当するとのことです。ファンドを組めば融資を受ける必要はなく、地主のハンコもいりません。

しかし、このまま住宅メーカーに借地権を譲渡してしまったら、その道のプロが商売に徹し入ってきます。地主はいやな思いをするでしょう。借地人にしても後味の悪さが残ります。

借地人には譲渡価格を譲れるところまで譲っていただきました。地主の奥様に状況を説明し、ご主人の説得をお願いしました。地主も一歩譲ってくれ借地権を買い戻してくれることになりました。

ここで予期せぬことがおこりました。借地人に不都合が生じ、引っ越しが延びてしまい、借地を引き渡せなくなりました。
持っている知識と知恵を絞り、ある提案をさせていただきました。

(1)地主が借地権付建物を借地人から買い取る。
(2)地主の所有になった建物を、借地人が更新のない定期借家契約で借り、明け渡しを担保する。
(3)地代相当額を家賃として払い、引っ越し準備が整うまで引き続き住む。
(4)この二つの契約を同時に行う。

1年後、無事に引っ越しが終了し、双方から感謝されました。

犬猿の仲であった地主と借地人ですが、今は2人ともこの世にはいません。人の寿命などたかが100年です。感謝の気持ちと譲る心を忘れずに、明るく素直で健康な人生を過ごし、最後は穏やかに旅立っていきたいものです。