相続税対策は自己責任ですよ 野口レポートNo223

エボラ出血熱・デング熱などのウイルスは肉眼では見えません。見えないものは不安です。不安が募ると恐怖になります。

今年1月1日より新相続税制がスタートしました。メディアが必要以上に不安をあおっています。ビジネスチャンスとばかり、無料の相続セミナーも盛んに開かれています。なぜ無料なのか、なんの疑問も持たない無防備の人たちでどの会場も満員です。

素人には相続税がいくら課税されるのかわかりません。見えないから不安です。見えたら不安は遠のきます。

仮に遺産が7,000万円で相続人は子が3人とします。改正前は課税なしでした。今年から相続税は約220万円課税されます。

たしかに庶民にとっては「大金」です。しかし、前もってわかれば算段できないお金ではありません。220万円の相続税を減らすために、数千万円の借金をして、二世帯住宅や賃貸併用住宅を建てる必要があるのか、ここを冷静に考えてほしいのです。

外階段で2階は長男夫婦が、1階は両親が住んでいる完全分離型の二世帯住宅は、昨年までは同居とみなされず、相続税小規模宅地の特例(一定要件下、自宅敷地は240㎡までは更地評価から80%引き、今年からは330㎡に拡大)の適用が受けられませんでした。

今では同居とみなし、特例が受けられるようになりました。ここが相続税節税対策として提案してくる理由です。

この対策には落とし穴があります。建築費を親が半分、長男が半分出しました。1階は親の名義にし、2階は子の名義にしました。これを「区分登記」と言います。区分登記をしてしまうと小規模宅地の特例が親の区分割合しか受けられません。

親と子が建物全体を出資割合で「共有登記」にしておけばこの特例を全て受けることができます。登記の仕方で相続税が大きく変わってきます。また、土地は親の名義です。二世帯住宅は将来の相続で同居の子が円滑に取得できるよう、遺言の作成が必要です。

賃貸部分の家賃収入で建築費を返済していく、賃貸併用住宅の提案もさかんに行われています。だが、賃貸併用住宅は生涯空室(自宅)をかかえるということです。全室賃貸でも苦戦する時代です。借金での賃貸経営は素人が考えるほど甘くありません。

銀行は土地と建物を担保に取ります。もし返済ができなくなったなら、容赦なく差し押さえ最後は競売にかけられます。

地主さんのように複数の物件があれば、1棟が赤字でも他の物件で何とか補えます。だが、賃貸併用住宅は1棟です。借金返済に行き詰まったら自宅を失うことになります。本末転倒の相続税対策による悲劇(破綻)は、これから少なからず出てくるでしょう。

提案してくれた人たちは後の責任など取ってくれません。相続税対策は「自己責任」であることを忘れてはいけません。

ニューヨーク研修の思い出(4)野口レポートNo22

   最近は電車に乗る機会が多くあります。日本でも若者の身長や会話はすでにグローバルスタンダードの感があります。だが、私を含めオジさん達はグローバルではありません。

 米国では不動産は金融商品であると位置づけられており、金融ビッグバンに続き不動産ビッグバンでの不動産グローバルスタンダードはもはや避けて通れません。

 だが、ハード面のみにとらわれ、ソフトの部分の研究がなされておりません。米国では自分の意思を形で表さなければ相手に通じません。「どうもどうも」と「YES NO」、この文化の違いがビッグバンやグローバルスタンダードの落とし穴にならぬよう気をつけたいところです。

 米国はとてつもなく広い国です。おどろくべき穀物の供給力を持ち、言葉はすでに世界を征し(国際語)、次はお金(ドル)?……。

 米国は一見バブルのようですが、浮かれることなく賃金の安易な上昇をきちんと押さえ経済のバランスが偏ることを防いでいます。

 米国人は合理的で底抜けに明るく見えます。だが「したたかさ」を持っています。米国の「戦略国家」としての根元がここにあるような気がしました。 

   グローバルスタンダードはアメリカンスタンダードでもあります。日本がむかえ入れるには米国文化と米国人を理解することが重要です。日本流にアレンジし、心して対応すれば沈没しそうな日本経済の一助になるのではないかと思います。  1998年10月

《追記》

16年前に自分の「目と耳」で、見たまま感じたままの当時の米国レポートです。しばし相続を離れ一服の清涼剤として発信させていただきました。楽しく読んでいただけたなら幸いです。

米国ではお客様の高額財産を扱う不動産業者には高い倫理観が求められています。不動産業者が一番先に学ぶのは倫理教育です。

この度、宅地建物取引主任者が宅地建物取引士と名称が変わり士業の仲間入りをします。これを機に倫理の重要性を認識し、米国のように倫理教育を優先課題とし、業界全体で取り組むことができたなら、日本の不動産業界も変わると思います。

また、当時の米国と同じことが今の日本でも起きています。不動産証券化や定期借家契約は当たり前、空中権売買も珍しくはありません。弁護士業界(就職難)にしてもしかりです。

今の米国では、法律(白黒)や税務(数字)の世界は、人口知能が人間に取って代わってきています。10年後の日本の姿を知るには今の米国を知ることが大切です。

近年、時代の変化がすさまじく、なかなか心がついていきません。心にも「老眼鏡」をかけ、社会の変化をしっかり見据え、変化に応じ転換を図れる体質を作っておきたいものです。  おわり

ニューヨーク研修の思い出(3)野口レポートNo221

    日本でも外資が不動産を積極的に買っているのが話題になっています。現地企業を訪問し、物件(東京都心の高級ビル)の販売カタログを目前に見せられたときは、さすがに衝撃をおぼえました。

 不動産売買は先ず仮契約をし、守秘義務を条件に売主は細部まで物件情報を開示します。買主にも自己責任の意識があり、自分の費用で不動産の人間ドックともいえるデューデリジェンス(精密検査)を実施します。買主が納得したなら本契約締結となります。

 通訳を介してですが相続対策や相続を専門に扱っている弁護士の話を聞けました。米国人は合理的で日本人のように土地や財産の所有権に固執しません。お金を生まない土地はどんどん手放します。

財産もバランスよく所有しています。彼らには日本の資産家(地主)が、現金を持ってないことは信じられないそうです。

 相続対策もおのずと違ってきます。所有権を財団や各種トラスト(一種の信託)に移し、元本を含め子々孫々が取り崩していく、言い換えると相続税を所得税に振り替える方法が基本のようです。

    資産を開示することが財産を守ることだと知っています。専門家も自分の立場は十分承知しています。クライアントは専門家を信頼し、これで全部だ「さあ~何とかしろ」です。

    多民族国家の米国では相続関係が複雑です。遺言を作成しておくことは常識です。遺言書式はコンビニで当たり前に販売しています。 

    財産は自分の意志でどう使おうが誰に渡そうが自由との考えです。日本のように遺留分制度もありません。遺言があれば「ハイそれまでよ」です。ちなみに遺言を意志(will)と呼んでいます。

       資産家は離婚時に財産分与でもめないよう、ほとんどが契約結婚とのことです。また、相続人どうしの遺産相続争いもあり、こればかりは万国共通のようです。

    日本の相続税は最高税率70%です。根こそぎ刈り取られてしまいます。米国人は賢い!一部だけ刈り取り(税率が低い)残しておけば、再び実り末永い収穫ができることを知っています。

 消費税は10%に近いのですが、他の税金は日本に比べかなりゆるやかです。金融ビッグバンでお金の垣根が外された現在、税制のグローバルスタンダード(国際レベルに合わす)は急務です。モタモタしていると日本のお金が外国に逃げてしまいます。

 最終日を前に、首都移転事業視察にワシントンに行きました。ホワイトハウスの庭ではイベントが行われており、主(大統領)がいるとみえ、ライフルを持った警備の警官の姿が屋根にありました。沿道等はかなりオープンで警備も日本と比べ手薄です。

 セックススキャンダルにもかかわらずクリントン大統領の支持率が依然高いのは、経済政策等の評価とプライベートとは別に考える米国人の合理性を思えば不思議ではありません。 次号へつづく

ニューヨーク研修の思い出(2)野口レポートNo220

   ドントウオーク(赤信号)は、どんどんウオークです。「皆で渡ればこわくない」など、日本のような低い次元ではなく、個々が責任を持って信号無視、お巡りさん何も言わず、なぜ? と思ったら……、「自己責任・自己主張の社会」です。

 自由の女神に次ぐNYのシンボルであるエンパイアステートビルに上がってみました。このビルはバブルの時に日本人が買い取り所有しているとの話です。だが、テナント等の賃料は90年間リースホールド(他人が賃貸権を所有)されており、自分の土地に金の鉱脈があるのに採掘権は他人に取られてしまっているのです。

 空中権移転も当たりまえに行われている米国では、上の余剰容積が売られてしまっているなど、物件をしっかり調査しないと「出がらしのお茶葉」をつかんでしまうこともあります。

 弁護士試験も日本と比べかなりゆるやかです。ただし、実力がともなわなければメシは食えません。弁護士資格があってもタクシー乗務や皿洗いをしている人も多くいます。

 ある弁護士事務所(ビル1棟全部がひとつの事務所です)を訪問しました。数百名の弁護士が各分野に特化し、弁護士どうしが互いにパートナーシップで仕事をしています。

 米国では士業(弁護士・税理士などの専門家)が何でもできると言ったら、それは何にもできないことを意味します。

 不動産の考え方も、土地の上に建物がのり収益を生み出し初めて不動産です。米国はとてつもなく広い国です。土地自体に価値はなく、土地有効活用の発想もありません。

 これら不動産を扱うのは不動産ブローカー(日本で言う不動産業者)です。米国の不動産業者は、仕事に誇りと高い倫理観を持っています。賃貸仲介はテナント側業者と家主側業者とが、お客様に有利な契約確保をめぐり、互いに激しいネゴシーエション(交渉・折衝)を繰り返します。契約自由の社会はネゴとサインが命です。

 日本のように契約書のひな形はありません。業者のネゴであらゆる場合を想定した契約内容となり、同じ契約はふたつとありません。

 契約書もペーパーでなく分厚いブックです。弁護士や税理士が作成した契約書を最終的には不動産ブローカーが手直しをします。

 テナントは全て定期借家契約です。不動産ブローカーの仲介手数料は日本の業者のように決まりはなく上限なしのフリーです。

 定期借家は長期間の契約で家賃収入が確定するので報酬も契約期間とお客様への貢献度を加味し交渉で決まります。

 米国は資格だけではメシの食えない国です。実力が伴って「なんぼ」の世界です。ハイレベルの技術と知識を持ち、プロ意識に徹した米国不動産ブローカーはハイステータス、米国での社会的地位は弁護士や税理士の上に位置しています。    次号につづく

ニューヨーク研修の思い出(1) 野口レポートNo219

今から16年前になるでしょうか、ニューヨーク(NY)に不動産と相続の研修に行きました。当時のNYを見たまま感じたまま自分なりに綴った16年前のレポートです。数回にわたり再度お届けします。今の米国と比べながら気楽にお読みください。

昼なお暗いビルの谷、高層ビルに囲まれたNYの夜明けは遅い。早朝セントラルパークに散歩にいってみました。街中や公園にホームレスの姿はほとんど見かけません。

碁盤の上に鉛筆を立ち並べたような街並みに歴史を感じる建物が違和感なくとけこんでおり、旧き時代からそれなりに都市計画が行われてきたことが推測されます。

隣接した低層建物の余剰容積率を買い取り、空中権移転で建築されている高層ビルも多くあります。マンハッタンは、島自体が岩盤なので地震の心配がありません。NYに超高層ビルが多いのは巨大な天然土台と耐震に気をつかわぬ低い建築コストが要因にあることも見逃せません。

マンハッタンに向かう幹線道路は通勤車や数珠つなぎのバスの群れで大渋滞です。街ではリムジンが目につき、黄色のタクシーが走りまわり、夜は子守歌のごとくパトカーのサイレンの音です。

世界経済最後の安全弁であるウォール街の証券取引所は大穴が出た競馬場のごとくメモ用紙が散乱し、時折ブースで上がる歓声と熱気がガラスを通し伝わってきます。

夜の一人歩きも街中では不安なく治安の良さを感じます。好景気は文化を楽しむ余裕も生みだし、ブロードウェーィの劇場も超満員でチケットも簡単には手に入りません。

米国経済は順調です。経済の余裕は心の余裕につながります。失業率の低下や文化の高揚、以前とは比べものにならない治安の良さなど、好景気がなせる業であり、経済の良し悪しが人の心に及ぼす影響力の大きさを改めて感じました。

米国は、契約大原則・訴訟・損害賠償・自己責任・合理主義の社会です。白か黒か(YES・NO)の社会です。日本人の「どうも・どうも」はいくら説明しても理解してくれません。

日本から持ち込んだカップラーメンにお湯を入れたらポットが沸騰しない、故障かな? と思ったら……、訴訟は「日常茶飯」米国は損害賠償の社会です。必要以上の温度でお客様がヤケドでもしたら即訴訟、ホテルは高額な賠償金をとられます。

賃貸契約も10年20年の長期契約(特約で転貸や譲渡もできる)
は普通であり、定期借家契約があたりまえです。中途解約するには

テナント等は残存期間の賃料は勿論、場合によっては違約金をとられます。そんな馬鹿なと? と思ったら「契約大原則」の社会です。

契約内容によっては条項が無効となる日本の借地借家法など米国ではとても考えられず理解されていません。   次号につづく

顔は笑顔で心は真剣勝負 野口レポートNo218

いよいよ高齢化社会から高齢社会に突入し、相続は増え続けています。相続人の年代層も移り変わり権利意識も増してくる一方です。また、昨今の相続は複雑で多様化し、とても一人では対応できません。方向と価値観を同じくし、資格に人格が備わった質の高いネットワークは相続コーディネーターの命です。

相談に見える人のほとんどは、相続は初めての経験です。誰に相談すれば、どこへ頼のめばよいのか判りません。また、専門家にも温度差があり、地主相続などは誰に頼むかで運が分かれます。

相続相談には大きく分けて次の3つのパターンがあります。

(1)相談のレベルで問題が解決してしまう。

Aさんの相談 オシドリ夫婦のAさんには子がいない。Aさんは自分が亡くなったら全財産は妻へいくと信じてうたがわなかった。兄弟姉妹もしくはオイメイも相続人になると知ってびっくり、このまま何もしなかったらどうなるのか。

《アドバイス》兄弟姉妹には遺留分の権利がありません。遺言を作ることをアドバイスしました。とりあえず「全財産を妻に相続させる」自筆証書遺言を書いていただきました。その後に確実な公正証書遺言に作り直しです。⇒ 問題解決

(2)問題の本質をつかみ、適切なサポートをすることで解決する。

Bさんの相談 親が亡くなってから20年が経過したが、他の相続人が協力してくれず、遺産分割が未だまとまらない。

《アドバイス》Bさんの話しを傾聴してみると、知識の不足が原因で、非はBさんにあることが判りました。正しい知識を理解いただき、他の相続人に対し「心から詫びてくれるよう」お願いしました。マイナスをゼロに戻してから再スタートです。20年間塩漬けの相続が3回の協議で決着しました。⇒ 問題解決

(3)相続アドバイザーが関わってはいけない相続。

多くの相続をお手伝いしてきましたが、相続争いに出会ったのは数回しかありません。ほとんどは「多い少ない」の兄弟喧嘩のレベルです。この段階なら相続人の自助努力で解決が可能です。

カネの問題ではない(口で言っても本心はほとんどがカネの問題)。だが、本当に銭勘定を通り越し感情問題になってしったら、解決(処理?)できるのは弁護士(法律で切る)しかいません。

「兄弟喧嘩」なのか「相続争い」なのかを見極め、相続争いと判断したら相続アドバイザーは関わってはいけません。⇒ 即弁護士

相続で悩んで相談に見える人の顔は一様に深刻です。憔悴しきっている人もいます。一緒に深刻な顔をしてしまったら、相手は不安になり、さらに深刻になってしまうでしょう。

相談は穏やかな顔で応じ、心では相談者の痛みを受け入れて差し上げることです。「顔は笑顔で心は真剣勝負」これが相続相談で最も大事なところです。

平等に不平等を持ち込む 野口レポートNo217

現在の相続制度(均分相続)は平等ですが公平ではありません。だが、平等と公平はどこが違うのか解かりづらいものです。

それではお正月のお年玉をイメージしてみましょう。袋のなかには高校生の長男が1万円、中学生の長女が5千円、小学生の二男が3千円、親は年代に相応した金額を入れますよね。文句を言う子は誰もいません。これが公平です。

袋のなかに一律1万円(均分)が入っていたらどうでしょう。それは公平でなく平等です。すなわち公平とは不平等なのです。

人以外の生き物は亡くなればそれで終わりです。ところが人は亡くなると相続が開始します。悲しみに浸る暇もなく、やらねばならない手続きが山積します。特に遺産分割は最大の難関です。

相続人になれる人と相続分は法律(民法)で決まっています。そして、財産分けの方法は次の3通りがあります。

① 「遺言による指定分割」。法定相続に優先します。
② 「合意分割」。話し合いによる分割です。相続人全員が合意すれば法定相続分にこだわらず、どんな分け方をしても有効です。
③ 「調停・審判による分割」。遺言が無い、話し合いもつかない場合は、家庭裁判所による最後の分割方法です。

ある父親が亡くなりました。二男夫婦が2階で両親と同居しながら、1階の店舗で家業を手伝っています。母親はすでに他界し、二男夫婦が父親を看取りました。

相続人は、長男、二男、長女の3人です。長男は家業を二男にまかせ、家を出てサラリーマンです。役職にも就き持ち家もあります。長女の嫁ぎ先はそれなりの資産家です。父親の主な遺産は店舗兼居宅の土地建物です。遺言はありませんでした。

兄と妹は二男に遺産を譲ってくれました。経済の余裕は心の余裕につながります。これで二男は家に住むこともできるし、今までどおり家業の商売も続けていくことができます。

しかし、今回のようなケースは少ないです。もし、この2人が生活に困っていたり、兄弟間に固執があったなら、こうはいかないでしょう。権利を主張されたら、生活基盤の店舗兼居宅を相続するのは難しいでしょう。決まらなければ家庭裁判所による審判です。

相続人の相続分は法律で決まっています。二男の法定相続分は3分の1しかありません。民法は寄与分制度を設けていますが、家業の手伝い、親の世話や介護など、二男の貢献が寄与分として相続分に反映することはほとんどありません。

また、審判官は法定相続分を変えることはできません。最後は法律通りです。平等に不平等を持ち込み、実情に合わせ相続分を公平に変えるには遺言しかありません。そして、それができるのは「被相続人になる人」一人だけです。

使用貸借の落とし穴 野口レポートNo216

親の土地の上に子が家を建てる。ふつう親は子から地代はもらいません。親族や親しい縁者などに土地や建物を無償で使わせることはよくあります。これを使用貸借と言います。

この使用貸借は無償なので借地借家法は適用されません。「固定資産税は払っているよ」これもよく聞く話です。だが、固定資産税のみであれば使用貸借と解されます。

従来の土地賃貸借契約なら、地主(貸主)が更新を拒絶しても地主に正当事由がなければ、期限の定めのない契約として法定更新され、借地人は住み続けることができます。つまり、適正地代さえ払っていれば(供託を含め)、借地人は借地借家法で保護されます。

借地借家法の適用がない使用貸借は、定めた期限がきた時に終了します。期限の定めがない場合は、目的が終わった(使う必要が無くなった)時に終了します。また、借主が死亡した場合は、原則として終了します。逆に貸主が死亡した場合は、定めた期限がくるまで、もしくは目的が終了するまで存続します。

貸主が土地を第3者に譲渡した場合、賃貸借は建物登記があれば新たな地主に借地権を主張(対抗)できます。だが、使用貸借は新地主に自分の使用貸借権を主張できません。

昨年までは完全分離型(上下別で外階段・中仕切りで玄関二つ)の二世帯住宅は親と同居とはみなされず、相続税の小規模宅地の特例(自宅敷地240㎡まで更地評価の80%引き)が使えませんでした。今年の改正で同居とみなされ特例が使えるようになりました。

土地は親名義です。長男がローンを組み親の土地の上に二世帯住宅を建てました。土地は使用貸借です。親が亡くなったら土地は親の相続財産となり、相続人全員に権利が生じます。長男は手持ち資金を吐き出し長期のローンをかかえ、代償金の原資がありません。他の兄弟姉妹に権利を主張されたら辛いものがあります。

話は変わります。父親は末娘のAさんが可愛くてなりません。Aさんは結婚し数年がたち、土地を購入し家を建てることになりました。父親としては可愛い娘を遠くへ行かせたくありません。

ただそれだけの想いで、娘夫婦に土地の購入を思い留まらせ、自分の土地を使用貸借させ家を建てさせました。

数十年後、父親が亡くなりました。他の兄弟が権利を主張し譲ってくれません。Aさんの相続分は5分1しかありません。土地を相続する代償として、Aさんはコツコツ貯めてきた老後の生活資金をしかたなく兄弟に払うことになりました。

娘を引き留め土地を使用貸借させるなら、父親は相続対策(遺言)をきちんとしておくべきでした。悔やんでもどうにもなりません。相続は使用貸借の落とし穴です。親の土地を子に使用貸借させるなら、状況によっては相続対策をしておくことが必要です。

贈与の気持ちで相続を 野口レポートNo215

正月15日を「上元」、10月15日を「下元」、そのあいだにある7月15日を「中元」と言い、古く中国では大事な祭日でした。

品物に託し感謝の気持ちを伝える中元歳暮、「いつもお世話になります。ほんのおしるしです。」「ご丁寧にありがとうございます。」盆暮れにはどこでも見かける普通のやりとりです。

「ほんのおしるしです。」は、あげるとの意思表示です。対し、「ありがとうございます。」は、もらうとの意思表示です。

書面こそ交わしませんが、「あげる」と「もらう」この意思が合致し、立派に贈与契約の成立です。ちなみに「あげる」だけの一方通行では贈与契約は成立しません。

贈与する品物や金銭が1人に対し年間110万円までなら何人に贈与しても贈与税の課税はありません。これを暦年贈与と言います。

これに対し、相続時精算贈与があります。1月1日現在65歳以上の親から、同日20歳以上の子に対しての贈与です。2500万円までは贈与税の課税はありません。

ただし、親の相続時には贈与を受けた時の評価で遺産の中に戻し、相続税を計算し精算しなければなりません。また、一度この相続時精算贈与を受けた子には、暦年贈与は生涯使えなくなります。

Aさんは30代後半で働き盛りの営業マンです。家族は奥様と子供が2人です。子供は保育所に預け共稼ぎ、平均的なサラリーマン家庭です。持ち家は無く賃貸マンションに住んでいます。

近くに分譲マンションができました。周辺にある賃貸マンションは、デベロッパーには絶好のターゲットです。ポストのなかは物件のチラシでいっぱいです。

「月々の返済は金〇〇〇〇〇円です。」これが殺し文句です。家賃と変わらない月々の返済額に心が揺れます。だが、毎月支払う管理費・修繕積立金などはこのなかには入っていません。

マイホーム取得は誰もが夢です。しかし、Aさんの収入では返済に無理が生じます。息子の話を聞いた父親が住宅取得資金の援助(贈与)をしてくれました。Aさんは心のなかで手を合わせました。

 贈与と相続には決定的な違いがあるのをご存じですか? 贈与は親が生きているうちに直接いただく財産です。

Aさんのようにマイホームを取得したい人。住宅ローンが家計を圧迫している人。子供の教育にお金がかかる人。こんな時、親からの贈与は誰もが心から感謝して受け取るはずです。

ところが、相続での親の財産は遺産となります。子に受け取る権利が生じます。つい自分のものだと勘違いしてしまいます。もらうのは当たり前だと思ってしまいます。しかし、贈与も相続も親の大切な財産に変わりありません。例え少なくとも贈与の気持ちで感謝し、遺産を受け取ることが大切です。

ほんの少しのおせっかい 野口レポートNo214

お客様の紹介でAさん(老婦人)が相談にみえました。30数年前に父親が亡くなり、まだ相続手続きをしていません。遺産である40坪の自宅土地は亡くなった父親名義のままです。名義を変えてほしいとの相談です。相続人は妹さんが一人とのことでした。妹さんからは姉が自宅を相続する同意を得ているとのことでした。

司法書士をコーディネートして相続登記をすれば済む問題と思われました。話を傾聴していくと、ご主人と離婚をしていること、父親の土地の上にある建物は、Aさんと別れたご主人の共有名義になっていること、二人の子供はそれぞれ事情があり、Aさんの面倒を見るのは難しいことが分かりました。

この相続相談の本質は何か、高齢で一人暮らしのAさんに一番必要なのは何かを考えました。Aさんが老後に頼りになるのはお金です。この相談の本質が見えてきました。

Aさんは相続した土地を将来売却換金し、老人ホームなどの福祉費用にあてる必要があります。だが、問題は建物が別れたご主人との共有名義であることです。土地を円滑に売るためには建物の持分を元ご主人から買うか贈与を受けるかして、Aさんの単独名義にしておく必要があります。

築年数の経過した木造建物で、固定資産税評価額は低く、さらに持分は2分の1なので贈与税の負担は生じません。

別れた元ご主人に会いにいきました。一人暮らしのAさんの諸事情を丁寧に説明し贈与のお願いをしました。元ご主人も事情を理解してくださり贈与契約書にハンコを押してくれました。

これでAさんは相続した土地をいつでも換金し、老人ホームの費用に当てることができます。売却の際は私が仲介することを約束し一件落着です。Aさんからは「神様だよ」と言われました。

あるラジオの相続番組に出演させていただきました。57年間疎遠になっていた異父姉妹を、相続を通し姉妹の縁を復活して差し上げた案件。70年間シコリになっていた兄弟の怨み辛みを断ち切らせた案件。遺言を放棄していただき、遺留分減殺請求を防ぎ兄弟の縁を切らせなかった案件。

これらの話を聞いたパーソナリティーから「野口さんはおせっかいおじさんですね」と言われました。自分では意識してなかったのですが、言われてみればその通りかもしれません。

コーヒーのなかに入るクリープはほんの一滴入っただけで味がまろやかになります。大きなおせっかいは余計なおせっかいになります。だが、単にビジネスだけで終わらせない、ほんの少しのおせっかいは相続をまろやかにし、相続人様を幸せの道へ案内することができるのです。お客様の人生にほんの半歩踏み込んだ小さなおせっかいは、まさにコーヒーの中に入るクリープです