ニューヨーク研修の思い出(2)野口レポートNo220

   ドントウオーク(赤信号)は、どんどんウオークです。「皆で渡ればこわくない」など、日本のような低い次元ではなく、個々が責任を持って信号無視、お巡りさん何も言わず、なぜ? と思ったら……、「自己責任・自己主張の社会」です。

 自由の女神に次ぐNYのシンボルであるエンパイアステートビルに上がってみました。このビルはバブルの時に日本人が買い取り所有しているとの話です。だが、テナント等の賃料は90年間リースホールド(他人が賃貸権を所有)されており、自分の土地に金の鉱脈があるのに採掘権は他人に取られてしまっているのです。

 空中権移転も当たりまえに行われている米国では、上の余剰容積が売られてしまっているなど、物件をしっかり調査しないと「出がらしのお茶葉」をつかんでしまうこともあります。

 弁護士試験も日本と比べかなりゆるやかです。ただし、実力がともなわなければメシは食えません。弁護士資格があってもタクシー乗務や皿洗いをしている人も多くいます。

 ある弁護士事務所(ビル1棟全部がひとつの事務所です)を訪問しました。数百名の弁護士が各分野に特化し、弁護士どうしが互いにパートナーシップで仕事をしています。

 米国では士業(弁護士・税理士などの専門家)が何でもできると言ったら、それは何にもできないことを意味します。

 不動産の考え方も、土地の上に建物がのり収益を生み出し初めて不動産です。米国はとてつもなく広い国です。土地自体に価値はなく、土地有効活用の発想もありません。

 これら不動産を扱うのは不動産ブローカー(日本で言う不動産業者)です。米国の不動産業者は、仕事に誇りと高い倫理観を持っています。賃貸仲介はテナント側業者と家主側業者とが、お客様に有利な契約確保をめぐり、互いに激しいネゴシーエション(交渉・折衝)を繰り返します。契約自由の社会はネゴとサインが命です。

 日本のように契約書のひな形はありません。業者のネゴであらゆる場合を想定した契約内容となり、同じ契約はふたつとありません。

 契約書もペーパーでなく分厚いブックです。弁護士や税理士が作成した契約書を最終的には不動産ブローカーが手直しをします。

 テナントは全て定期借家契約です。不動産ブローカーの仲介手数料は日本の業者のように決まりはなく上限なしのフリーです。

 定期借家は長期間の契約で家賃収入が確定するので報酬も契約期間とお客様への貢献度を加味し交渉で決まります。

 米国は資格だけではメシの食えない国です。実力が伴って「なんぼ」の世界です。ハイレベルの技術と知識を持ち、プロ意識に徹した米国不動産ブローカーはハイステータス、米国での社会的地位は弁護士や税理士の上に位置しています。    次号につづく

ニューヨーク研修の思い出(1) 野口レポートNo219

今から16年前になるでしょうか、ニューヨーク(NY)に不動産と相続の研修に行きました。当時のNYを見たまま感じたまま自分なりに綴った16年前のレポートです。数回にわたり再度お届けします。今の米国と比べながら気楽にお読みください。

昼なお暗いビルの谷、高層ビルに囲まれたNYの夜明けは遅い。早朝セントラルパークに散歩にいってみました。街中や公園にホームレスの姿はほとんど見かけません。

碁盤の上に鉛筆を立ち並べたような街並みに歴史を感じる建物が違和感なくとけこんでおり、旧き時代からそれなりに都市計画が行われてきたことが推測されます。

隣接した低層建物の余剰容積率を買い取り、空中権移転で建築されている高層ビルも多くあります。マンハッタンは、島自体が岩盤なので地震の心配がありません。NYに超高層ビルが多いのは巨大な天然土台と耐震に気をつかわぬ低い建築コストが要因にあることも見逃せません。

マンハッタンに向かう幹線道路は通勤車や数珠つなぎのバスの群れで大渋滞です。街ではリムジンが目につき、黄色のタクシーが走りまわり、夜は子守歌のごとくパトカーのサイレンの音です。

世界経済最後の安全弁であるウォール街の証券取引所は大穴が出た競馬場のごとくメモ用紙が散乱し、時折ブースで上がる歓声と熱気がガラスを通し伝わってきます。

夜の一人歩きも街中では不安なく治安の良さを感じます。好景気は文化を楽しむ余裕も生みだし、ブロードウェーィの劇場も超満員でチケットも簡単には手に入りません。

米国経済は順調です。経済の余裕は心の余裕につながります。失業率の低下や文化の高揚、以前とは比べものにならない治安の良さなど、好景気がなせる業であり、経済の良し悪しが人の心に及ぼす影響力の大きさを改めて感じました。

米国は、契約大原則・訴訟・損害賠償・自己責任・合理主義の社会です。白か黒か(YES・NO)の社会です。日本人の「どうも・どうも」はいくら説明しても理解してくれません。

日本から持ち込んだカップラーメンにお湯を入れたらポットが沸騰しない、故障かな? と思ったら……、訴訟は「日常茶飯」米国は損害賠償の社会です。必要以上の温度でお客様がヤケドでもしたら即訴訟、ホテルは高額な賠償金をとられます。

賃貸契約も10年20年の長期契約(特約で転貸や譲渡もできる)
は普通であり、定期借家契約があたりまえです。中途解約するには

テナント等は残存期間の賃料は勿論、場合によっては違約金をとられます。そんな馬鹿なと? と思ったら「契約大原則」の社会です。

契約内容によっては条項が無効となる日本の借地借家法など米国ではとても考えられず理解されていません。   次号につづく

顔は笑顔で心は真剣勝負 野口レポートNo218

いよいよ高齢化社会から高齢社会に突入し、相続は増え続けています。相続人の年代層も移り変わり権利意識も増してくる一方です。また、昨今の相続は複雑で多様化し、とても一人では対応できません。方向と価値観を同じくし、資格に人格が備わった質の高いネットワークは相続コーディネーターの命です。

相談に見える人のほとんどは、相続は初めての経験です。誰に相談すれば、どこへ頼のめばよいのか判りません。また、専門家にも温度差があり、地主相続などは誰に頼むかで運が分かれます。

相続相談には大きく分けて次の3つのパターンがあります。

(1)相談のレベルで問題が解決してしまう。

Aさんの相談 オシドリ夫婦のAさんには子がいない。Aさんは自分が亡くなったら全財産は妻へいくと信じてうたがわなかった。兄弟姉妹もしくはオイメイも相続人になると知ってびっくり、このまま何もしなかったらどうなるのか。

《アドバイス》兄弟姉妹には遺留分の権利がありません。遺言を作ることをアドバイスしました。とりあえず「全財産を妻に相続させる」自筆証書遺言を書いていただきました。その後に確実な公正証書遺言に作り直しです。⇒ 問題解決

(2)問題の本質をつかみ、適切なサポートをすることで解決する。

Bさんの相談 親が亡くなってから20年が経過したが、他の相続人が協力してくれず、遺産分割が未だまとまらない。

《アドバイス》Bさんの話しを傾聴してみると、知識の不足が原因で、非はBさんにあることが判りました。正しい知識を理解いただき、他の相続人に対し「心から詫びてくれるよう」お願いしました。マイナスをゼロに戻してから再スタートです。20年間塩漬けの相続が3回の協議で決着しました。⇒ 問題解決

(3)相続アドバイザーが関わってはいけない相続。

多くの相続をお手伝いしてきましたが、相続争いに出会ったのは数回しかありません。ほとんどは「多い少ない」の兄弟喧嘩のレベルです。この段階なら相続人の自助努力で解決が可能です。

カネの問題ではない(口で言っても本心はほとんどがカネの問題)。だが、本当に銭勘定を通り越し感情問題になってしったら、解決(処理?)できるのは弁護士(法律で切る)しかいません。

「兄弟喧嘩」なのか「相続争い」なのかを見極め、相続争いと判断したら相続アドバイザーは関わってはいけません。⇒ 即弁護士

相続で悩んで相談に見える人の顔は一様に深刻です。憔悴しきっている人もいます。一緒に深刻な顔をしてしまったら、相手は不安になり、さらに深刻になってしまうでしょう。

相談は穏やかな顔で応じ、心では相談者の痛みを受け入れて差し上げることです。「顔は笑顔で心は真剣勝負」これが相続相談で最も大事なところです。

平等に不平等を持ち込む 野口レポートNo217

現在の相続制度(均分相続)は平等ですが公平ではありません。だが、平等と公平はどこが違うのか解かりづらいものです。

それではお正月のお年玉をイメージしてみましょう。袋のなかには高校生の長男が1万円、中学生の長女が5千円、小学生の二男が3千円、親は年代に相応した金額を入れますよね。文句を言う子は誰もいません。これが公平です。

袋のなかに一律1万円(均分)が入っていたらどうでしょう。それは公平でなく平等です。すなわち公平とは不平等なのです。

人以外の生き物は亡くなればそれで終わりです。ところが人は亡くなると相続が開始します。悲しみに浸る暇もなく、やらねばならない手続きが山積します。特に遺産分割は最大の難関です。

相続人になれる人と相続分は法律(民法)で決まっています。そして、財産分けの方法は次の3通りがあります。

① 「遺言による指定分割」。法定相続に優先します。
② 「合意分割」。話し合いによる分割です。相続人全員が合意すれば法定相続分にこだわらず、どんな分け方をしても有効です。
③ 「調停・審判による分割」。遺言が無い、話し合いもつかない場合は、家庭裁判所による最後の分割方法です。

ある父親が亡くなりました。二男夫婦が2階で両親と同居しながら、1階の店舗で家業を手伝っています。母親はすでに他界し、二男夫婦が父親を看取りました。

相続人は、長男、二男、長女の3人です。長男は家業を二男にまかせ、家を出てサラリーマンです。役職にも就き持ち家もあります。長女の嫁ぎ先はそれなりの資産家です。父親の主な遺産は店舗兼居宅の土地建物です。遺言はありませんでした。

兄と妹は二男に遺産を譲ってくれました。経済の余裕は心の余裕につながります。これで二男は家に住むこともできるし、今までどおり家業の商売も続けていくことができます。

しかし、今回のようなケースは少ないです。もし、この2人が生活に困っていたり、兄弟間に固執があったなら、こうはいかないでしょう。権利を主張されたら、生活基盤の店舗兼居宅を相続するのは難しいでしょう。決まらなければ家庭裁判所による審判です。

相続人の相続分は法律で決まっています。二男の法定相続分は3分の1しかありません。民法は寄与分制度を設けていますが、家業の手伝い、親の世話や介護など、二男の貢献が寄与分として相続分に反映することはほとんどありません。

また、審判官は法定相続分を変えることはできません。最後は法律通りです。平等に不平等を持ち込み、実情に合わせ相続分を公平に変えるには遺言しかありません。そして、それができるのは「被相続人になる人」一人だけです。

使用貸借の落とし穴 野口レポートNo216

親の土地の上に子が家を建てる。ふつう親は子から地代はもらいません。親族や親しい縁者などに土地や建物を無償で使わせることはよくあります。これを使用貸借と言います。

この使用貸借は無償なので借地借家法は適用されません。「固定資産税は払っているよ」これもよく聞く話です。だが、固定資産税のみであれば使用貸借と解されます。

従来の土地賃貸借契約なら、地主(貸主)が更新を拒絶しても地主に正当事由がなければ、期限の定めのない契約として法定更新され、借地人は住み続けることができます。つまり、適正地代さえ払っていれば(供託を含め)、借地人は借地借家法で保護されます。

借地借家法の適用がない使用貸借は、定めた期限がきた時に終了します。期限の定めがない場合は、目的が終わった(使う必要が無くなった)時に終了します。また、借主が死亡した場合は、原則として終了します。逆に貸主が死亡した場合は、定めた期限がくるまで、もしくは目的が終了するまで存続します。

貸主が土地を第3者に譲渡した場合、賃貸借は建物登記があれば新たな地主に借地権を主張(対抗)できます。だが、使用貸借は新地主に自分の使用貸借権を主張できません。

昨年までは完全分離型(上下別で外階段・中仕切りで玄関二つ)の二世帯住宅は親と同居とはみなされず、相続税の小規模宅地の特例(自宅敷地240㎡まで更地評価の80%引き)が使えませんでした。今年の改正で同居とみなされ特例が使えるようになりました。

土地は親名義です。長男がローンを組み親の土地の上に二世帯住宅を建てました。土地は使用貸借です。親が亡くなったら土地は親の相続財産となり、相続人全員に権利が生じます。長男は手持ち資金を吐き出し長期のローンをかかえ、代償金の原資がありません。他の兄弟姉妹に権利を主張されたら辛いものがあります。

話は変わります。父親は末娘のAさんが可愛くてなりません。Aさんは結婚し数年がたち、土地を購入し家を建てることになりました。父親としては可愛い娘を遠くへ行かせたくありません。

ただそれだけの想いで、娘夫婦に土地の購入を思い留まらせ、自分の土地を使用貸借させ家を建てさせました。

数十年後、父親が亡くなりました。他の兄弟が権利を主張し譲ってくれません。Aさんの相続分は5分1しかありません。土地を相続する代償として、Aさんはコツコツ貯めてきた老後の生活資金をしかたなく兄弟に払うことになりました。

娘を引き留め土地を使用貸借させるなら、父親は相続対策(遺言)をきちんとしておくべきでした。悔やんでもどうにもなりません。相続は使用貸借の落とし穴です。親の土地を子に使用貸借させるなら、状況によっては相続対策をしておくことが必要です。

贈与の気持ちで相続を 野口レポートNo215

正月15日を「上元」、10月15日を「下元」、そのあいだにある7月15日を「中元」と言い、古く中国では大事な祭日でした。

品物に託し感謝の気持ちを伝える中元歳暮、「いつもお世話になります。ほんのおしるしです。」「ご丁寧にありがとうございます。」盆暮れにはどこでも見かける普通のやりとりです。

「ほんのおしるしです。」は、あげるとの意思表示です。対し、「ありがとうございます。」は、もらうとの意思表示です。

書面こそ交わしませんが、「あげる」と「もらう」この意思が合致し、立派に贈与契約の成立です。ちなみに「あげる」だけの一方通行では贈与契約は成立しません。

贈与する品物や金銭が1人に対し年間110万円までなら何人に贈与しても贈与税の課税はありません。これを暦年贈与と言います。

これに対し、相続時精算贈与があります。1月1日現在65歳以上の親から、同日20歳以上の子に対しての贈与です。2500万円までは贈与税の課税はありません。

ただし、親の相続時には贈与を受けた時の評価で遺産の中に戻し、相続税を計算し精算しなければなりません。また、一度この相続時精算贈与を受けた子には、暦年贈与は生涯使えなくなります。

Aさんは30代後半で働き盛りの営業マンです。家族は奥様と子供が2人です。子供は保育所に預け共稼ぎ、平均的なサラリーマン家庭です。持ち家は無く賃貸マンションに住んでいます。

近くに分譲マンションができました。周辺にある賃貸マンションは、デベロッパーには絶好のターゲットです。ポストのなかは物件のチラシでいっぱいです。

「月々の返済は金〇〇〇〇〇円です。」これが殺し文句です。家賃と変わらない月々の返済額に心が揺れます。だが、毎月支払う管理費・修繕積立金などはこのなかには入っていません。

マイホーム取得は誰もが夢です。しかし、Aさんの収入では返済に無理が生じます。息子の話を聞いた父親が住宅取得資金の援助(贈与)をしてくれました。Aさんは心のなかで手を合わせました。

 贈与と相続には決定的な違いがあるのをご存じですか? 贈与は親が生きているうちに直接いただく財産です。

Aさんのようにマイホームを取得したい人。住宅ローンが家計を圧迫している人。子供の教育にお金がかかる人。こんな時、親からの贈与は誰もが心から感謝して受け取るはずです。

ところが、相続での親の財産は遺産となります。子に受け取る権利が生じます。つい自分のものだと勘違いしてしまいます。もらうのは当たり前だと思ってしまいます。しかし、贈与も相続も親の大切な財産に変わりありません。例え少なくとも贈与の気持ちで感謝し、遺産を受け取ることが大切です。

ほんの少しのおせっかい 野口レポートNo214

お客様の紹介でAさん(老婦人)が相談にみえました。30数年前に父親が亡くなり、まだ相続手続きをしていません。遺産である40坪の自宅土地は亡くなった父親名義のままです。名義を変えてほしいとの相談です。相続人は妹さんが一人とのことでした。妹さんからは姉が自宅を相続する同意を得ているとのことでした。

司法書士をコーディネートして相続登記をすれば済む問題と思われました。話を傾聴していくと、ご主人と離婚をしていること、父親の土地の上にある建物は、Aさんと別れたご主人の共有名義になっていること、二人の子供はそれぞれ事情があり、Aさんの面倒を見るのは難しいことが分かりました。

この相続相談の本質は何か、高齢で一人暮らしのAさんに一番必要なのは何かを考えました。Aさんが老後に頼りになるのはお金です。この相談の本質が見えてきました。

Aさんは相続した土地を将来売却換金し、老人ホームなどの福祉費用にあてる必要があります。だが、問題は建物が別れたご主人との共有名義であることです。土地を円滑に売るためには建物の持分を元ご主人から買うか贈与を受けるかして、Aさんの単独名義にしておく必要があります。

築年数の経過した木造建物で、固定資産税評価額は低く、さらに持分は2分の1なので贈与税の負担は生じません。

別れた元ご主人に会いにいきました。一人暮らしのAさんの諸事情を丁寧に説明し贈与のお願いをしました。元ご主人も事情を理解してくださり贈与契約書にハンコを押してくれました。

これでAさんは相続した土地をいつでも換金し、老人ホームの費用に当てることができます。売却の際は私が仲介することを約束し一件落着です。Aさんからは「神様だよ」と言われました。

あるラジオの相続番組に出演させていただきました。57年間疎遠になっていた異父姉妹を、相続を通し姉妹の縁を復活して差し上げた案件。70年間シコリになっていた兄弟の怨み辛みを断ち切らせた案件。遺言を放棄していただき、遺留分減殺請求を防ぎ兄弟の縁を切らせなかった案件。

これらの話を聞いたパーソナリティーから「野口さんはおせっかいおじさんですね」と言われました。自分では意識してなかったのですが、言われてみればその通りかもしれません。

コーヒーのなかに入るクリープはほんの一滴入っただけで味がまろやかになります。大きなおせっかいは余計なおせっかいになります。だが、単にビジネスだけで終わらせない、ほんの少しのおせっかいは相続をまろやかにし、相続人様を幸せの道へ案内することができるのです。お客様の人生にほんの半歩踏み込んだ小さなおせっかいは、まさにコーヒーの中に入るクリープです

相続なでしこ 野口レポートNo213

塾長を務めている野口塾には3つの集団があります。そのひとつが早朝勉強会です。塾生は、税理士・司法書士・行政書士・土地家屋調査士・不動産鑑定士・一級建築士・生保FP・不動産業・介護支援業など、相続に情熱を持った人が集っています。

毎月1回定例で朝7:00から8:00まで、主に実例を中心に野口流相続コンサルティングの「技と心」を伝えています。真冬など薄暗い時間ですが、塾生の志は高く休む人はいません。

このなかに9人の女性がいます。その一人である不動産業者のMさんから、「相談を受けている相続案件が自分の手には負えないので一緒にやってほしい」と頼まれました。

このお客様の遺産の構成はほとんどが不動産です。不動産をどう扱い、どう動かすかがこの相続案件のポイントとなります。一定レベルの相続知識を持ち、依頼者の利益を優先できる人格があれば、不動産業者が相続コーディネーターとして最適です。

相続コーディネーターは不動産業者のMさんとし、同じ塾生である、税理士のEさん、司法書士のNさん、土地家屋調査士(測量)のKさんで、チーム(全員女性)を組みました。私はこのチームに「相続なでしこ」と名前をつけ、監督を引き受けました。

 

 

舞台(相続)の前に座れば役者の顔は見えても流れは見えません。後ろに座れば流れは見えても顔は見えません。「顔も見えるし、流れも見える」そんな席から舞台を見ることが必要です。

相続人Aさん(依頼者で家とお墓を守る人)の話を十分傾聴し、他の相続人の心の情況をつかみながら方向を決めていきます。

権利を主張する相続人と、Aさんの立場を理解し譲ってくれる相続人に分かれました。後者から相続分の譲渡を受け、Aさんの相続分を増やし、後はAさんと前者の相続人で遺産分割の話し合いをしていただくことにしました。

監督としては、方向がズレないようにコントロールすること、Mさんと遺産分割協議の進行役(行司役は不可)をすること、後は一定の距離をおき「なでしこ」を見守ることにしました。

Aさんが全ての不動産を相続し、一部の不動産を売却し、前者の相続人に代償金として払うことになり、最後は想定していた落としどころへ軟着陸しました。

Mさんは、不動産業に染まっていない不動産業者です。立ち位置を意識し、見事に相続コーディネートをやり遂げてくれました。

野口監督の下、全員がほどよい緊張感と、女性ならではの細やかさを見せ、自分の仕事をきっちりこなしてくれました。

大きな案件が終了した時は、反省会と打ち上げをおこない、メンバーの労をねぎらいます。仕事をやり遂げた充実感と、4人の「なでしこ」に囲まれ、久々に美味しいお酒を飲みました。

正直に生きる 野口レポートNo212

   女優でタレントの磯野貴理子さんが、小学生時代の社会見学の様子をエッセーに書いています。

   訪問先のゴミ処理場見学に先立ち、先生から注意がありました。「皆さん、静かに見学しましょう。汚くても臭くても決して臭いなどと言ってはいけません。」当時のゴミ処理のことです。現場に入ったら臭いのは当たり前です。

   そこへ、通りかかった処理場のおじさんが声をかけてくれました。

    「どうや、臭くてたまらんやろ?」子供達は一斉に臭くないといいました。「こんなに臭いのに、おまえらの鼻アホとちゃうか!」と言って、おじさんは行ってしまいました。それ以来、磯野さんは自分に正直に生きようと心に決めたそうです。

 15年ほど前の話になります。中学時代の同級生が甥の結婚式で上京してきました。バスの運転手になるとの夢を捨てきれず、郷里の秋田に帰り、地元バス会社の運転手を勤めています。

 結婚式が終わった翌日に私のオフイスを訪ねてきてくれました。25年ぶりの再会です。お腹も出てきて頭も薄くなっています。言葉もすっかり訛っていました。久しく会う同級生との再会はうれしいもので、環境の違いなど瞬時にふっとび昔話に夢中です。

    ひと段落し、ダム建設で収用された農家の話をしてくれました。「とても売れねえ畑さが1億円で国に売れたんだべさ、大金がへえり門も電気で開くすげえ屋敷を建てただ。んだば1年もたたねえうちに潰れただ。銭は魔物だ、使い方が分かんねえのが普段持ったことがねえ銭を持ってすまったのがいけねえだ。」と彼は言いました。

    なれないお金(相続も一緒です)を持った時や、うますぎる話があった時は、目をつむり耳をふさぎ一度外へ出で深呼吸をしてみましょう。見えなかったものが見えてきます。

   その夜、彼と酒杯を交わしました。昔は控えめだった彼が東北弁で語ってくれました。「俺もな、ズブン(自分)で出けることをズブンなりに一生懸命正直にやってけてな、家も持てたす、子供達も独立し、銭さも少し余裕ができただ、だから勘定は俺にもたせてけろ。おがげさんでな、俺もこなして銭払えるようになったんだべえ、ありがてえことだ。」誘ったのにご馳走になってしまいました。

   経済的には大きな余裕はないと思うが、心は金持ちなんだな~あ……。何だかうれしくなりそっと拍手です。

   中学時代から目的を持ち、他人に迷惑もかけず、見栄もはらず、正直に生きている彼の姿から多くを学ばせていただきました。

朴訥として語る彼の話を聞いていて、東北弁とは何と美しい日本語であるか初めて気がつきました。

 背伸びせず見栄もはらず、自分の道を堂々と一直線に歩いていく、「正直に生きる」こんな楽ちんな生き方はありません。

天国と地獄 野口レポートN0211

『三船敏郎演じる製靴会社の常務(権藤金吾)へ誘拐犯人から電話が入ります。犯人は子供を取り違え誘拐してしまいました。

だが、オマエが払えと身代金を要求してきます。権藤に身代金を払う義務はありません。しかし犯人が子供を殺してしまったら……、権藤は道義的責任との葛藤の末に要求を受け入れます。

金の受け渡しには、151系特急こだまが利用され、受け渡し場所は未定です。犯人から車内電話が入り「酒匂川の鉄橋が過ぎたところで、身代金の入ったカバンを窓から投げ落とせ」と、誰もが想定しなかった方法を指示してきます。』

今から50年前に公開された黒澤明監督の映画「天国と地獄」です。身代金の想定外の受け渡し方法や、受け渡しに使ったカバンを燃やすとピンクの煙がでる仕掛けが作動し、煙突からピンク(白黒だが煙は色つき)の煙が出でくるシーンは衝撃的でした。

権藤は身代金を払ったことで破産します。だが、賛同者を得て小さな会社を立ち上げることができました。犯人には死刑が確定します。最後に権藤と面会した犯人が、自分は地獄、権藤は天国に住む人間だと、呪いを絶叫し映画は終わります。映画を通し人の心の深部をあぶりだしてしまう黒澤作品の凄さを感じます。

相続の世界でも「天国と地獄」は日常茶飯で起こります。原因の多くは、法律を知らなかった、知ろうとしなかったです。

Aさんの妻がなくなりました。ご夫婦には子供がいません。二人とも自分が亡くなれば全財産は妻や夫に渡ると信じて疑いませんでした。ところが妻の兄弟姉妹も相続人になると知ってビックリです。

高齢の兄弟姉妹はすでに亡くなり、甥姪が代襲相続人となります。残されたAさんの生活、遺産のルーツ(夫の功で築かれた)を考えれば、常識ではAさんが相続すべき財産だと思います。

「オジさん僕達はいいですよ」と言ってくれる代襲グループと、権利を主張する代襲グループに別れています。亡くなった親の教育や育て方がそのまま代襲相続人に表れます。

常識と法律は一致しません。弁護士のところへ相談にいっても「勝てません」の一言でした。私の答えも同じです。法律を楯に代襲相続人に権利を主張されたら裁判で争っても勝てません。

夫が先に逝った場合も深刻です。遺産は自宅と預貯金2000万円とします。夫の兄弟姉妹に権利を主張されたら老後の生活費2000万円(遺産の4分の1)を全部持っていかれてしまいます。

この悲劇を防げる人が一人だけいます。亡くなった妻や夫です。遺言(兄弟は遺留分なし)があれば全財産は夫(妻)に渡ります。

万人平等である法律ですが、知ると知らないでは「天国と地獄」になります。身近にいる相続アドバイザ一などの一寸としたアドバイスがあれば、このような悲劇は防ぐことができます。