借金から子の人生と親の財産を守る 野口レポートNo241

ハウスメカーなどの相続セミナーが盛んです。借金すれば相続税が減ると誤解している人もいます。借金しても相続税は減りません。アパートやマンションを建てるから減るのです。

目的を節税にした賃貸経営は本末転倒です。目的は賃貸経営でなければなりません。結果として相続税が減る、これが正しい賃貸経営のありかたです。ここを取り違えると賃貸経営は失敗します。

節税対策を目的に駅から30分のところへ複数の賃貸マンションを建てたAさんが亡くなりました。多額の借金、空室増加、賃料下落、加え金利が上昇すれば債務超過になる可能性があります。

子は父親の相続を放棄(父親の兄弟と調整が必要)し、連帯保証人の母親が全財産を相続することを提案しました。2次相続で時代の変化や状況を見極め、子は承認か放棄かを再度選ぶことができます。債務超過なら相続を放棄し、親の借金から子の人生を守ることができます。ただし、子が連帯保証人でないことが絶対条件です。だが、子ども達は決断できず父親の財産を相続しました。

 ある母親から相談を受けました。息子(50代)が多重債務におちいり、金融業者の対応や息子へのお金の工面で疲れ切っています。息子さんに会いましたが働く意欲がありません。

親は不動産を所有しています。金融業者は本人に返済能力がないことなど承知です。相続を見込んで貸しています。相続が開始したら本人に代位し、不動産を法定相続分で登記し差し押さえます。

息子の借金から親の財産を守る必要があります。息子以外の相続人に財産を相続させる公正証書遺言を作成しました。

母親と3つの約束をしました。親は保証人になっていないので金融業者に絶対払わないこと、息子にはお金を渡さないこと、何かあったらすぐ電話をくれること、とりあえず一安心と思ったら予期せぬことが起こってしまいました。

高齢の両親より息子が先に亡くなってしまったのです。住んでいたアパートのポストは複数の金融業者の督促状でいっぱいです。

息子は独身なので、相続人は両親になります。息子の借金は親が相続します。金融業者は相続放棄ができる3ヶ月以内は請求してきません。司法書士をコーディネートして家庭裁判所へ両親の相続放棄を申し述べました。親の放棄が確定すると相続順位が変わり、兄弟姉妹が相続人となります。兄弟姉妹に相続放棄させ、息子の借金から親の財産を守ることができました。

正の財産の相続は支援してくれる専門家はたくさんいます。だが、借金や保証債務など、この影の部分(負)の相続は専門家の支援がありません。泣き寝入りを余儀なくされている人もいます。

親の借金から子どもの人生を守る。子どもの借金から親の財産を守る。置き去りになりがちですが相続での重要なテーマです。

書き続けて20年になりました 野口レポートNo240


平成5年12月、親の代から続けてきたGSの廃業を決断しました。歳(48歳)からも転業するにはラストチャンスでした。

借金をしてGS跡地に賃貸マンションを建てると相続対策になるからと、以前から建築会社とお抱え税理士に提案されていました。

素人には相続など専門的なことはわかりません。素人側に寄り添い、専門家との間をコーディネートしてくれる人がいたならどんなにか心強いか、このような仕事を社会が求めてくる時代が必ずやってくる。これが自分の仕事だ! 直感的に感じました。

だが、壁に当たりました。士業でない自分がどこで報酬を頂戴できるのか? 冷静に見てみると、相続の時には必ず不動産が動くことに気付きました。そうだ!「不動産屋になればいい、不動産をベースに相続に特化すれば飯が食える」2年後の開業を目指し宅建試験に挑戦、相続も徹底的に勉強し、平成7年(50歳)不動産業を開業することができました。人生をかけた180度の転身でした。

「10年偉大なり 20年畏るべし 30年歴史なる」中国の格言です。野口レポートも書き続けて20年になりました。

ある資産情報誌に著名な女性税理士が、「子どものいない夫婦と遺言」をテーマにコラムを書いていました。しかし、法律と税務に終始し、素人にはわかりづらく、文面からは暖かさや思いやりが伝わってきません。自分だったらこう書くだろう、目線を下げて心を込め書いたのが野口レポート第1号(全財産を妻に渡したい)です。以来240号まで続けることができました。

この野口レポートですが、たった一度だけ挫折しそうになったことがありました。元気だった父親が急逝した時です。集中できず書けないのです。ここで止めてしまったら今まで続けてきたことが無意味になってしまいます。気力を振り絞り、やっとの思いで書いたのがNO、52号でした。

父親の突然の他界は色々な意味で多くの試練を与えてくれました。あの踏ん張りがなかったら、野口レポートも相続コーディネーターとしての今の自分もなかったかもしれません。

「感謝の気持ちと譲る心の大切さ」この言葉の意味を多くの人に知っていただきたい、楽しく読みながら相続の正しい知識を身につけていただきたい、相続を失敗し不幸になってしまう人を少しでも減らしたい、そんな想いで20年間書き続けてまいりました。

野口レポートは自分の生き様そのものです。あと10年「30年歴史なる」までは続けたいと思っています。

古稀を迎えましたが、気持ちと心はまだ青年です。相続で自分を必要としている人がいる限り、天からいただいた寿命がある限り、生涯現役で仕事を続け、世と人のお役に立ちたいと思います。

どうぞこれからもよろしくお願いします。

相続での預貯金は可分債権 野口レポートNo239

相続での預貯金は遺産分割協議をすることなく、相続人が法定相続分で取得できる「可分債権」です。

しかし、実際には遺産分割協議で取得しているのがほとんどです。また、銀行も可分債権だからと言って、ハイそうですかと応じてくれません。相続人全員の同意を求めてきます。

可分債権として引き下ろすには、銀行や、ゆうちょ銀行を相手に預貯金返還請求の訴訟を裁判所に起こさなければなりません。

知人からある老婦人の相続の相談を受けました。第3順位の相続です。相続人は残された奥様Aさん(82歳)と、ご主人の兄弟姉妹です。Aさんとは全く面識のない代襲相続人や、音沙汰のない行方不明者など、20名近い相続人が関東一円に散らばっています。

自分の手にはおえないと丁寧にお断りしました。数日後Aさんが直接お見えになり、頼る人が誰もいないので何とかお願いできないかと嘆願されてしまいました。すでに某司法書士事務所へ依頼しているが、2年間何の動きも連絡も無くそのままとのことでした。

預貯金は凍結されており、生活費も底をついてきたとのことです。事情を聞いてしまったので断るわけにはいきません。先ずは司法書士の依頼を取り下げ、預けてある書類を戻してもらいました。 

遺産は借地権付建物とそれなりの預貯金です。Aさんの法定相続分は4分の3です。Aさんの今後の生活費を確保することが優先です。遺産分割の話し合いで取得するのが理想ですが、この状況で全員からはんこをもらうには何年かかるか分かりません。生活費もすでに底をついてきています。

可分債権である預貯金を法定相続分(4分の3)で取得するしかないと判断し、弁護士をコーディネートすることになりました。

銀行と、ゆうちょ銀行を相手に預貯金の返還請求の訴訟を起こしました。銀行は某メガバンクでしたがなかなか応じてくれず、判決まで求めてきました。判決は当方の主張が入れられ払戻請求が認められ、Aさんの老後の生活費を確保することができました。

借地権は未分割のままです。だが、Aさんが住む分には差しつかえありません。気の毒なのは地主です。借地人が20数名に枝分かれしてしまい、Aさんが他界すればその兄弟姉妹(代襲者を含む)が更に借地人となります。借地は塩漬け状態となり何もできません。

ご主人が生前に専門家に相談し遺言を作成していたら何の問題も起きませんでした。兄弟姉妹には遺留分の権利がありません。遺言があれば全財産はAさんに渡ります。地主にしても借地人が枝分かれせず、借地の交渉事が可能となったはずです。

昨今、相続での可分債権(預貯金)については、遺産分割の対象に含めるとの民法改正の動きや、最高裁大法廷でも争いがあり、相続での預貯金債権の扱いが今後どうなるかは不透明です。

相続放棄と相続分の放棄 野口レポートNo238

相続には多くの誤解があります。代表的なものは「借金をすれば相続税が減る」です。借金そのものに相続税を減らす節税効果は生じません。借金で得た現金でアパートを建てるから減るのです。

もうひとつは「相続放棄」と「相続分の放棄」の混同です。これは負の財産(借金・保証債務)の状況によっては誤解では済みません。特に突然に表に出てくる保証債務は怖いものがあります。

それではその違いを説明してみましょう。

相続放棄⇒相続人であることを知った時から3ヶ月以内に家庭裁判所に申し述べます。放棄が受理されたら最初から相続人ではなくなります。被相続人との間に一切の相続関係は生じません。不動産や預貯金など正の財産は相続できません。当然に借金や連帯保証人の地位(保証債務)など、負の財産も相続しなくて済みます。

相続分の放棄⇒財産はいらないと、遺産分割協議書に判子を押し、相続を放棄したと言っている人がいます。これは相続放棄でなく相続分の放棄です。ゼロの財産を相続したことになり、相続人の地位は残ります。借金や保証債務は相続人全員が法定相続分の割合で相続する「可分債務」です。一切財産はいらないと相続分の放棄をしても、これらの債務は相続してしまいます。

子どものいない夫婦がいました。不幸にもご主人が急逝してしまいました。相続人は奥様とご主人(長男)の父母です。義父母から見ると奥様は出来た嫁です。実の娘のように可愛がっていました。息子の財産は全部お嫁さんが相続できるよう、相続放棄の手続きを司法書士へお願いしました。司法書士も義父母の話を傾聴せず、言われるまま相続放棄の手続きをとり、受理されてしまいました。

 受理されると最初から相続人でなくなります。相続に関し直系尊属が存在しないことになり、相続順位が第3順位に移ります。

相続人は奥様と、ご主人の兄弟姉妹に変わります。義兄弟姉妹と遺産分割の話し合いをしなければなりません。残された奥様にとってこれは辛いものがあります。この場合は、遺産分割協議で義父母が「相続分の放棄」をすれば、相続人の地位は残るので相続順位は変わらず、奥様はご主人の全財産を円滑に相続できたのです。

負債相続は専門家の支援がありません。予想しなかった借金が出てきた。放棄したいが3ヶ月は過ぎてしまった。相談者はワラをもつかむ思いです。が、ここであきらめてはいけません。1年が経過した後の相談でも、負債相続の専門家(希少)につなぎ、相続放棄が受理されたケースもありました。

また承認か放棄か3ヶ月で判断できない時は、相続放棄の期間伸長や再伸長の手続きをすることで時間を稼ぐことができます。

万民に公平であるべき法律ですが、知ると知らぬでは大きな不公平が生じます。そして「法律を知らなかった」は通用しません。

養子縁組と相続 野口レポートNo237

 相続人になれる人は民法で決められています。血族相続人と配偶者相続人の二通りです。配偶者は相続順位が変わっても常に相続人となります。養子も法律で血がつながった法定血族として実子と同等の相続権を持ちます。お腹の胎児にも相続権があり、オギャ~と生まれたら立派な相続人です。

今回は養子縁組と相続についてお話してみましょう。

《税法》実子がいる場合は1人まで、いない場合は2人までが税法上の「相続人の数」としてカウントされ、相続税基礎控除の相続人控除1人600万円が受けられます。また、生命保険受取金や、死亡退職金の非課税枠が増え節税効果が得られます。

孫を養子にすれば祖父や祖母の相続人となり、子を飛び越えて孫へと一代飛ばして財産を渡すことが可能となります。ただし、孫養子は相続税が2割加算されます。それらを考慮しても状況によっては大きな節税効果が期待できる場合もあります。

ここで問題になるのは孫養子を遺産分割のテーブルに着かせるかどうかです。他の兄弟姉妹にとって孫養子の存在は自分達の相続分に影響するので決してよろこべるものではありません。同じ土俵にのせてしまったら遺産分割が円滑にいくとは限りません。

このような場合は孫養子を遺産分割から外しておきます。孫養子を除いた相続人の間で遺産分割が合意したなら、長男が「自分の相続分の何割かを子(孫養子)に相続させてほしい。」と兄弟姉妹にお願いします。これならば他の相続人の相続分に影響しません。ほとんどが承諾してくれるでしょう。

《民法》民法では養子が何人いようが全員が実子と同等の相続権を持ちます。普通養子は実親と養親の双方から相続を受けられます。母親が再婚した場合、連れ子は新たな父親の相続人にはなれません。養子縁組をすることで初めて義父の相続人となります。連れ子養子は税法上も「相続人の数」としてカウントされます。

 養子縁組後にできた養子の子は養親の代襲相続人になれますが、養子縁組前の養子の子は代襲相続ができません。何らかの対策が必要となります。また養子は遺留分を引き下げる法務対策としても使われることがあります。

 養子縁組届は証人2人がいれば受理する市町村区長が形式的な審査権を持つだけで、実質的な内容に立ち入ることはありません。これは日本の戸籍制度の脇腹の甘いところで、悪用されたら怖いと思います。婚姻や養子縁組は「不受理届」を出しておくことで虚偽の届け出を防ぐことができます。

養子縁組は相続に深く関係してきます。税務上や民法上の相続対策としてもよく使われますが、養子になる本人の気持ちも十分考えて差し上げる配慮も必要です

弁護士 大胡田誠さん 野口レポートNo236

主宰している野口塾に、弁護士の大胡田 誠さんにお越しいただき、特別研修をさせていただきました。多くの刑事・民事事件を手掛けている普通の弁護士さんです。ただ、他の弁護士と違うところは大胡田さんが全盲であるということです。

透き通った声から大胡田さんの想いが伝わってきます。研修後は懇親会場へ。途中の公園でプチ花見をし、桜にも触れていただきました。満開の香りが心のなかに広がったことと思います。懇親会にもお付合いくださり、懇親を深めていただきました。塾生たちも大胡田さんから多くの気づきをいただいたことでしょう。

大胡田さんは先天性の緑内障のため12歳の時に両目の視力を失いました。全盲では日本で3人目の司法試験合格者です。普通に考えれば司法試験に挑戦すること自体が無謀です。合格するまでにどんな苦労があったかは計り知れません。

著書「全盲の僕が弁護士になった理由(ワケ)」を読ませていただきました。2度読んだ後は付箋だらけになっていました。講演とあわせ、感じたところをいくつか紹介したいと思います。

◎「見えないからやめておこう」ではなく「見えないなら、どうやったらできるだろう」そんな風に考える癖がいつの間にか身についていた。◎「もう無理だ」と思った時が一番夢に近づいたとき。◎4回目の受験に失敗し、もう辞めるべきかと心が折れかけた時、母は良いとも悪いとも言わず、ただ一言「人生で迷ったときには、『自分の心が温かい』と思う方を選びなさい。」と言ってくれた。自分の心が何を本当に欲しているのか。答えはそこにしかないんだと教えられた。◎全盲の先輩弁護士の言葉です。「弁護士の仕事は、法律に『人格』を載せて売る商売なんだ。」だから君もいろいろな経験をして自分を磨きなさい。

ご両親が偉大だったのは特別扱いしないで、ごく普通の子として扱ったことです。家庭には笑いが絶えなかったそうです。このご両親なくして弁護士大胡田 誠は誕生しなかったと思います。

大胡田さんは結婚され(奥様も全盲)2人の子供さんがいます。盲目の夫婦が子供を育てることは並大抵のことではありません。

ご夫婦が子供たちに残したいのが、自分たちの生き方です。「子供たちにとって我が家は特殊な環境かもしれない。将来苦労をかけるかもしれない。でも僕たち夫婦だからこそ見せてやれるものがあると信じている。『だから無理だ』と逃げるより、『じゃあどうするか』と考えるほうが人生は面白くなる。このことを自分たちの生き方を通じて子供たちに見せてあげたい。」素晴らしいですね。

長女は5歳となり、お父さんの手を引いて歩いてくれるそうです。子供たちはご両親の生き方をしっかりと見て、何にも勝る財産を引き継いでいくことでしょう。

三つの相続対策 野口レポートNo235

相続対策には大きく分けて三つの対策があります。

①遺産分割対策⇒ 遺言で相続紛争を事前に防止し、かつ資産を整理し、分けやすい財産にしておく対策です。相続税納税対策にもリンクしてきます。

②相続税納税対策⇒ 相続開始後10か月以内に相続税を現金で一括納付できるよう納税資金調達の準備をしておく対策です。

③相続税節税対策⇒ 課税価格を下げ相続税を減らす対策です。代表的なものがアパート建築です。

この三つの対策のうち①②と③は性質が違い同じ方向を向いてくれません。時には反対の方向に向かってしまうこともあります。借金による節税対策が裏目に出て、相続税納税に支障をきたしてしまう人も少なくありません。

◎極端ではありますが例を取ってみましょう。
1億円の更地に1億円の借金をして1億円のアパートを建てました。出来上がったアパートは本来1億円の価値があります。ところが相続での評価は半分以下に下がります。債務控除できる借金は1億円のままで下がりません。この差に節税効果が生じます。つまり相続税が減るのは借金ではなくアパートを建てるからです。

◎節税対策としては大成功です。だが、納税対策を怠ったゆえに納税資金が調達できません。しかたなく、アパートを売却することになりました。土地の上にアパートが建ってしまったら、土地と建物は一体(収益還元価格⇒その物件が年間どのくらいの家賃を稼ぐかの利回り)で価格が決まります。売却し残りの借金を精算したら、手元にお金はあまり残らないでしょう。

大局の視野に立ち納税対策を優先し、更地の駐車場にしておけば1億円で売却し、相続税は楽々と納付でき、かつ手元にお金が残ったはずです。節税対策は成功しましたが納税は失敗です。

◎相続税は何とか払えました。複数の相続人でこのアパートを分けることになりました。切って分けるわけにはいきません。持分の共有となります。相続での兄弟の共有(特に収益物件)は、遺産分割の先送りと同じです。後々の不動産の「共憂」となってしまいます。節税対策は成功ですが、遺産分割は失敗です。

このように節税対策と、納税・分割対策は同じ方向を向くとは限りません。大事なことは三つの対策のうち、我が家はどの対策を一番必要としているかを見極め、その対策を優先することです。

銀行やハウスメーカーはそんなこと考えていません。提案してくるのは、ほとんどが節税対策です。ここは安易に口車に乗らず冷静な判断が必要です。相続は森を見ずして木を見てしまうと失敗します。提案者は後の責任など取ってくれません。あくまで相続税節税対策は自己責任であることを忘れてはいけません。

明るく 楽しく すがすがしく 野口レポートNo234

財産に人の心と欲が複雑に絡んでくる相続は、どうしてもドロドロとしてきます。多くの相続現場を歩いてきましたが、素足でヘドロのなかを歩くようなこともありました。

「明るく 楽しく すがすがしく」そんな相続あるわけないだろう!とお思いでしょうが、実はそんな相続もあることを知ってください。二つの相続案件をご紹介したいと思います。

《その1》A家の相続です。父親はすでに他界しており、次男夫婦が母親の世話をし、最後を看取りました。2次相続の遺産は全て預貯金です。相続人は兄弟姉妹が5人です。

墓守をしている次男から「遺産は取りあえず自分が相続し、母親の供養に使いたい」との提案がありました。5人で分けてしまえば1人当たりはそんな大きなお金にはなりません。

他の兄弟姉妹に異議は無く全員が次男の提案を受け入れました。最初の法要は49日です。次は1周忌そして3回忌と続きます。

法要に出席する兄弟姉妹(相続人)は、交通費、宿泊費、飲み食いの費用は一切負担する必要はありません。次男が相続でストックしている遺産から出します。この時ばかりは、子、孫、曾孫まで全員が集まります。

法要後はお寿司屋さんで食べ放題で飲み放題です。曾孫も大はしゃぎ、まるでお祭りのように盛り上がります。故人もこの様子を雲の上からよろこんで見ていることでしょう。

全員が次の法要を楽しみに待っています。そして遺産を使い切ったなら通常に戻り、実質の「遺産分割」は終了します。まさに「明るく楽しい」相続ではありませんか。

《その2》次はB家の相続です。こちらも2次相続での母親の遺産分割の話です。母親(配偶者)は1次相続でそれなりの預貯金を相続しています。相続人は兄弟姉妹が4人です。

先ず長男が口火を切りました。「自分は父親の相続でそれなりに遺産を相続したので、今回は法律通りに均分で分けよう。」

それに対し次男が反論します。「均分はおかしい、兄貴は長男なので自分達より多く相続してほしい。」結局ほど良いバランスで決着し、話し合いはわずか30分で終了しました。

遺産分割の後に、相続人の皆様にお話しをさせていただきました。「ご両親は皆様を“感謝の気持ちと譲る心”を持った人間に育ててくれました。私は生前にお会いしたことはありませんが、きっと素晴らしい方だったと思います。これは何にも勝る無形の相続財産ですよ。」思わず口から出てきた言葉です。

親の影響力が無くなる2次相続は揉めることが多いです。だが、この様に感動する相続もあります。遺産分割が無事終了したことを仏前に報告し、すがすがしさのなかB家を後にしました。

トルコの恩返し《パートⅡ》 野口レポートNo233

1985年イラン・イラク戦争が勃発し、フセイン大統領は、「今から40時間後に、イラクの上空を飛ぶ飛行機は全て撃ち落とす!」と警告を発しました。

世界各国は、自国民救出のため素早く救援機を出し、引き上げを完了しました。日本は政府の対応が遅く250人もの日本人が取り残されました。空港の日本人はパニック状態になりました。タイムリミットギリギリのとき、一機のトルコ航空機が到着し、日本人全員を救出してくれました。

この出来事は私の記憶のなかに残っておりました。この話に心温まる感動の物語があったことを、13年前に読んだコラムで初めて知ることができました。

1980年(明治23年)和歌山県串本町沖で、トルコの軍艦エルトゥールル号が暴風雨にまきこまれ難破しました。遭難した68人の乗組員たちを近くの島(大島)の住民は、自らの貧しい生活も顧みず、わずかに蓄えていた自分たちの大切な食べ物まで分け与え、親身になって看護や世話をしました。

日本人救出にトルコ航空機が飛んだのは、かつての大島の住人(日本)に対するトルコの恩返しでした。 

トルコの人たちは、日本人がしてくれた献身的な救助活動を忘れてはいなかったのです。トルコではエルトゥールル号のことは小学生の時に歴史教科書で学び、国民誰もが知っているそうです。

素朴で温かさと思いやりを持ったかつての日本人、先人が受けた恩を今でも忘れていないトルコの人たち、このコラムを読んだとき私は感動で胸が熱くなりました。

この実話が日本・トルコの合作映画となり、「海難1890」の題名で一般公開されています。さっそく観てきました。

日本人の素晴らしさに改めて感動しました。まさに「感謝の気持ちと譲る心」です。この映画を観て日本人として生まれてきたことに、誇りと有り難さを感じずにはいられませんでした。

幕末から明治にかけ日本を訪れた外国人は、誰もが一様に日本人と日本文化を絶賛しています。しかし、戦後日本人は経済的豊かさの代償として、これら大切なものを失ってしまいました。

だが、根底には先人の血がDNAとして必ず受け継がれているはずです。一人ひとりがこのことを意識し、今こそ日本人としての価値観や国家観そして誇りを取り戻すことが必要です。

転業し、あっという間の22年でした。その間「感謝の気持ちと譲る心の大切さ」この言葉を相続人に伝え続けてまいりました。

多くの相続をお手伝いしてきましたが、兄弟姉妹の縁を切らせてしまったことはほとんどありません。無意識のうちに根底にある日本人のDNAを引き出していたのかもしれません。

相続実務に必要な二つのセンス 野口レポートNo232

相続アドバイザーなど相続の実務家には「強さ」と「優しさ」に加え、二つの「センス」が必要です。

強さと優しさがなければ相続の仕事はできません。強さがベースにある人は、強さのなかに一筋の優しさを持つことです。優しさがベースにある人は、優しさのなかに一筋の強さを持つことです。

コーヒーのなかに入るミルクは、一滴入っただけで全体の味がまろやかになります。強さのなかに入る優しさ、優しさのなかに入る強さ、まさにコーヒーのなかに入る一滴のミルクです。

温厚に見えても、ここぞというときに毅然とした一筋の強さを持っている人は魅力を感じます。魅力のない人間に相手は心を開いてくれません。上手くいかない原因は他人の責任でなく、一番身近にあることに気付くことが大切です。

次は二つのセンスです。一つは「本質を見抜く」目を持つことです。舞台(相続)に、かぶりついてしまったら本質は見えません。

本質を見抜くためには、法律や税金や財産を一度頭から外し、無の世界から相手の幸せを考えてみることです。

本質が見えたなら、あとは方向を誤らないことです。方向を決めることは相続対策や相続アドバイスで最も重要です。

二つめは「ほんの少しのお節介」です。あるおばあちゃんが相談に見えました。20年前に父親が亡くなり、土地の相続手続きをしていません。他の相続人はおばあちゃんが相続することで同意しています。司法書士が登記すれば済む問題と思われました。

おばあちゃんは一人暮らしです。話を聴いていくと、ご主人と離婚していること、土地上の建物は別れたご主人との共有名義(2分の1)であること、2人の子供は事情があり、おばあちゃんの面倒を見るのが難しいことがわかりました。

相手の幸せを心から考えると本質が見えてきます。この相続案件の本質は「本人の老後の生活」です。相続した土地を将来換金し、老人ホームの費用に充てる必要があります。土地を売るには建物をおばあちゃんの単独名義にしておく必要があります。

別れた元ご主人に会いにいきました。事情を丁寧に説明し、建物の持分を贈与(築42年で非課税)していただきました。

これでいつでも土地を換金し、老人ホームに入所することが可能となります。売却する時は私が仲介することを約束し一件落着です。おばあちゃんからは「神様だよ」と言われました。

大きなお節介は余計なお節介になります。だが、小さなお節介は相続人の幸せのために必要です。今回の案件も単に相続手続きで終わってしまったら「モノ」を売っただけです。ほんの少しのお節介をすることで「価値」を売ったことになります。モノを売るか、価値を売るかでは大きな差となります。