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私は、かつて貸金業を行なっていた。
20年ほど前、ちょうどバブルがはじけた頃、ガンのため余命6ヶ月と宣告された建設会社の社長さんが奥様を連れて来社された。
「妻名義の自宅マンションを担保に500万円を貸してほしい。苦労をかけたこいつに、最後になって惨めな思いをさせたくない。ワシが死んだら生命保険金が入る。その金で一括返済させます。」
奥様は、凛として黙って横に座っていた。初老の社長は、風貌から人生の多くの修羅場をくぐってきた人だと分かる。覚悟を決めた言葉に感じるものがあった。この人の最期の望みをかなえてあげたいと思った。この時、人の命を担保に金を貸す後ろめたさはなかった。
6ヵ月後、奥様が1人で来社された。多くを語らず、「ありがとうございました」と札束をテーブルに出した。その時、わずかに涙を見た。元利金を受取り、借用書と担保抹消書類をお返しし、全てが終った。
既に貸金業は廃業し、今は相続アドバイザーとして相続対策や相続手続きの支援を業としている。
昨年末に、ガンのため余命1ヶ月と宣告された会社経営者と奥様と後継の長男さんが揃って相談にいらした。今からできる相続対策と相続後の手続き支援を求められた。
その後、療養をしている自宅を何度か訪問し打合せをした。
その都度、社長さんはベッドから起きだし、痛みをこらえながら電話で会社に指示を出していた。奥様からは、これからの不安な気持ちを打ち明けられた。長男さんとは、事業承継についての考え方から信頼関係づくりを始める。
「あとのことは心配しないでください。息子さんと一緒にきちんとやります。今はお二人の時間を大切にし、穏やかな気持ちで過ごしてください。」
「たのみますね。」
「お願いしましたよ。」
「はい」
こうして人の最期にかかわることがある。
先立つ人と約束し、残される人の人生にもかかわらせていただく。
マチの貸金業の時にもささやかながらプライドがあった。今は相続アドバイザーとしてのプライドと役割意識がある。いただく報酬は、500万円を貸付したときの1か月分の利息にも足りない。しかし、人の命にかかわりながらいただく報酬の重みが違う。
中途半端な気持ちで取り組みながらいただいてはいけないお金のように感じる。専門知識と共に自分自身の人間力を少しでも高め、後ろめたさを感じないで報酬をいただけるようにしたいと思う。
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